Reports

Research Collaboration

バイオラボ カイコとアリと人のco-working system 〜生物とテクノロジーの共生によるマテリアルデザイン

2020年6月

2019年から活動をスタートした九州大学大学院芸術工学研究院のバイオラボでは、現在取り組んでいる「次世代のデザイン教育(創造性教育)手法の開発」の一環として、生命美学、人工知能、バイオアート、人工生命、DIYバイオ、といった知性と生命をとりまく複数の視点から、学内外の様々な研究者と共に研究活動に取り組んでいます。

現在、バイオラボで九州大学大学院農学研究院博士課程の池永照美さんがとカイコの吐く糸を使った実験を進めています。この実験では、カイコがつくり出す糸や膜などの産物やカイコならではの造形プロセスを利用したデザインの可能性を探求します。

これまでの実験の様子はこちらから
カイコの平面吐糸実験
ナノセルロース×シルクフィラメントの融合素材のデザイン
バイオラボ カイコの不織布

これまでに美しいデザインプロダクトが数多く生産されてきましたが、その結果、以前は保たれていた地球環境のバランスが崩れ始め、回復できない状況までコクリエーションを推し進めてしまいました。人の活動に起因する、気候変動、資源消失、生物種の減少、水質汚染など、地球環境、生態系のバランスへ脅威に加え、さらに巻き起こる自然災害、エピデミックなど私たちの生活の中でも脅威が増加しています。これらの脅威を考慮し、また、人間だけでなく、共に暮らす自然、生物、環境へも対象を拡張したデザインを考えることができたら、問題を解決しながらより魅力的なライフスタイルを送れるのではないでしょうか。
自然や生物は、与え、与えられる生と死のサイクルの中でも、紛争を起こしたり、権力を行使したり、相手を憎んだりすることなく、理にかなった自然な手法で、地球環境に負荷をかけずに生態系を維持してきました。人間が誕生するはるか昔から現在まで、数多くの自然や生物が生存していることを踏まえると、周囲の環境や他の生物と調和しながら、持続的に生きていく術を取得しているといえます。私たちは、生物の先輩から学び、見倣うことで、バランスが取れ、無理なく、腑に落ちるデザインを考えていけるかもしれません。
また、誰でもテクノロジーを扱える環境が構築され、人がテクノロジーに作用し、テクノロジーが人に作用するようになった現代では、その相互作用の影響を考慮し、反応し、これからどう関係性を築いていくか考えていくことが望ましいかもしれません。テクノロジーは生命のように動きますが、呼吸せず、血液も流れず、周期的なリズムやサイクルによる再生のシステムがあるわけではありません。自然、生物は自身の中にクリエーションの力がありますが、テクノロジーは周辺的なアプローチでクリエーションする力が生まれると思います。どのようにアプローチしていくかを自然や生物から学び、テクノロジーとも共生、協調、協働するデザインが問題解決へのヒントになると思います。

 

―カイコとツムギアリから学ぶファッションマテリアルデザイン―

人類の活動が地球に及ぼす影響があまりにも大きく、現代は「人新世(アントロポセン)」と呼ばれる新たな地質時代にあると言われています。2019年5月の国際連合の報告書では、「地球の陸地における75パーセント以上、そして海洋の66パーセント以上が人類によって大きく姿を変えた」と指摘しています。
人のためのファッションは、このアントロポセンの問題に大きく加担しています。ファッションに付随するアントロポセン問題に立ち向かうには、衣服のマテリアル、生産工程を環境負荷の少ない持続可能な手段にするだけでなく、私たちがその衣服を着て生活し、土に還すまで、また、ファッションに対する意識や価値観や、それに基づく行動などインタラクティブな環境をデザインする必要があるかもしれません。その糸口を探るために、ファッションの対象を、自然、生物、地球環境まで拡張し、生物とテクノロジーと共にファッションをデザインしていく取り組みをしていきたいと考えています。
自然界に存在しない家蚕(かさん)、カイコは、約5000年前から家畜として人と共に暮らしてきました。シルクロードを渡り、それぞれの地域の特性、時代の趣向、人の趣向、技術を取り入れながら現在までシルクを作り続けています。その紡績技術は素晴らしく、天然繊維の中で最長の約1000mのフィラメントを生成します。
私たちが誕生する遥か昔、今から約1億5千万年前に誕生したアリは、生物の大量絶滅を一度は潜り抜け、また、重量で比較した場合、地球上の全人類の重さに匹敵するまで個体数を増やしてきました。社会性昆虫といわれるアリが周囲の環境に対して安定的に生存できる要因に、集団の中のコミュニケーションやコロニーの素晴らしい建築技術があります。中でもツムギアリと言われるアリは、樹上で、葉を折り曲げてコロニーを形成します。自分たちの幼虫を口に加え、幼虫が紡ぐシルクで葉を縫製していきます。
今回のプロジェクトでは、カイコが紡績したシルクの不織布のパーツを、葉の代わりにツムギアリに縫製してもらい、製織も縫製も生物に委ねたシルク100%のマテリアルの作成に試みます。彼らにコネクトしながら学び、そこに人とテクノロジーが協調・協働し、どのように関係性を紡いでいけるのか探りたいと思います。

 

―カイコの平面吐糸のパターニング―

これまで、カイコの平面吐糸によるシルクの不織布の製作を行う中で、円、または、円に近い六角形の場合、図形に沿って均一に吐糸する傾向が見られました(参照:前回の実験)。今回は、ツムギアリに縫製してもらう不織布の作成と共に、吐糸行動のパターニング、アルゴリズム解析に向けて、正方形、正三角形も加えた図形別の吐糸行動パターンを調査しました。

その結果、多角形の角に吐糸することが分かりました。図形の頂点の数に応じて角に正確に吐糸します。したがって、正三角形の吐糸が一番角に沿いにくい図形パターンで、頂点の数が増えるにしたがってより正確に吐糸するため、円が一番沿いやすいパターンとなりました。また、形状に関係なく、周辺を縁取る傾向が見られました。

カイコが図形の周辺を認知して、角度に適応した吐糸行動をしていると推測できます。今後、図形の頂点の角度とカイコの吐糸行動の関係性について更なる調査をする予定です。

また、図形に空間を作った場合、その空間に、強く張った太い繊維と、その太い繊維を繋ぐネットワーク状の繊維が見られました。

 

カイコが空間の足場を強化するために、異なる繊維形体でネットワークを構築することが予測できますが、さらなる調査が必要です。これは、生きた細胞を基板の空間に配列させ、マイクロパターニングで培養した際に形成される細胞骨格の繊維形成と似ています。[1]バイオシステムの構築原理として、これまで調査されていませんでしたが、分子レベルの細胞の構造原理と、細胞より大きな個体レベルの構造原理において関連性があるかさらに調査していく予定です。

 

参考文献

[1] Manuel Théry, Anne Pépin, Emilie Dressaire, Yong Chen,and Michel Bornens. 2006. Cell Distribution of Stress Fibres in Response to the Geometry of the Adhesive Environment. Cell Motility and the Cytoskeleton.

Manuel Théry. 2010. Micro patterning as a tool to decipher cell morphogenesis and functions. Journal of Cell Science 123 :4201-4213

Anne-Cécile Reymann, Jean-Louis Martiel, Théo Cambier, Laurent Blanchoin, Rajaa Boujemaa-Paterski and Manuel Théry. 2010. Nucleation geometry governs ordered actin networks structures. nature material October 2010 vol.9 no.10

村上貴弘 2020「アリ語で寝言を言いました」扶桑社BOOKS新書

カイコの平面吐糸
図形別シルクの不織布

日時

2020年6月

場所

九州大学大橋キャンパス バイオラボ

福岡市南区塩原4-9-1

Member

  • 池永 照美 九州大学大学院農学研究院
  • 村上 貴弘 九州大学 持続可能な社会のための決断科学センター
  • 伊藤 浩史 九州大学大学院芸術工学研究院
  • 井上 大介 九州大学大学院芸術工学研究院

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