2019年から活動をスタートした九州大学大学院芸術工学研究院のバイオラボでは、現在取り組んでいる「次世代のデザイン教育(創造性教育)手法の開発」の一環として、生命美学、人工知能、バイオアート、人工生命、DIYバイオ、といった知性と生命をとりまく複数の視点から、学内外の様々な研究者と共に研究活動に取り組んでいます。
現在、九州大学大学院農学研究院の研究者とカイコの吐く糸を使った実験を行なっています。この実験では、カイコがつくり出す糸や膜などの産物やカイコならではの造形プロセスを利用したデザインの可能性を探求します。
バイオラボとは
バイオラボは、急速に一般化が進むバイオテクノロジーの可能性をデザインの観点から探るために、遺伝子解析装置および画像解析装置を備えた共同機器室です。例えば、生物の機能や構造に基づくデザインや、生物を表現の媒体とした芸術、といった実践を通じて、新しい表現の可能性や価値観を検証すると共に、生命科学とテクノロジーの進化に対し、それらが招く様々な美学的、倫理的な問題を踏まえた適切な向き合い方を検討することで、単なる問題解決・発見にとどまらない、新たなデザインの研究領域を開拓することを目指しています。
今回は、バイオラボで九州大学大学院農学研究院博士課程の池永照美さんが実施しているカイコ実験の様子をご紹介します。
カイコは、幼虫から成虫へと形態を変えるさなぎの期間を繭の中で過ごします。その繭を形成する時の環境を上手くコントロールできれば、平面状の不織布や立体物を造形することができるのではないだろうか、と考えました。
今回の実験では、第一段階として、円形の平面、長方形の平面、球体にそれぞれに1から15匹前後のカイコを放し、環境設定の条件とカイコの行動を調べました。
実験を通して見えてきたこと
・平面の場合、その形状に関係なくエッジの部分を縁取るように吐糸(とし)する[1]。
・長方形の平面は、糸を吐糸する場所に偏りが出る場合が多く、円形平面の方が均等にまんべんなく吐糸する。
・球体の上半分(カーブがインコースに入らない部分まで)はカイコが移動できるが、下半分(カーブがインコースになる部分)には移動できない。
・縁の傾斜が20度の場合は、繭を作る。
・縁の高さが1.8㎝の場合は繭を作り、0.9㎝では平面上に吐糸[2]。
実験でできた蚕糸膜は、和紙のような触り心地で、蚕糸本来の質感になりました。通常、絹糸にする過程で副産物として排除されてしまう毛羽(繭を作る際の足場)や繭の最外層部分や最内層部分などを含んだ膜です。また、黄色、ピンク色、淡黄緑色などの蚕糸本来の色を活かした活用も考えられます。
従来の製法では、繭から糸をつくる場合に中のさなぎを殺す必要がありますが、平面吐糸の場合はその必要がなく、さなぎはカイコ蛾に羽化することができます。
今後の展望として、今回の実験でできた平面蚕糸膜を素材とし、活用の幅を広げるためにナノセルロースとの融合を考えています。
これまでに糸を織り合わせる段階で異素材と融合する事例はありましたが、素材分子の段階で融合することはなかったのではないでしょうか。研究が進んだ現代だからこそ可能な組み合わせで、どのような新しい素材が生まれるか検証してみたいと思っています。ナノセルロース、シルクフィラメントそれぞれの長所を活かした素材ができることを期待して、これからも研究を続けます。
[参考文献]
[1] N. Oxman, J. Laucks, M. Kayser, J. Duro-Royo, C. Gonzales-Uribe. (2014). Silk Pavilion: A Case Study in Fiber-based Digital Fabrication, 250.
[2] Ibid.
日時
2019年6月1日-6月28日
場所
九州大学大学院芸術工学研究院 共用施設棟バイオラボ
福岡市南区塩原4-9-1
Member
- 池永 照美 九州大学大学院農学研究院