2019年から活動をスタートした九州大学大学院芸術工学研究院のバイオラボでは、現在取り組んでいる「次世代のデザイン教育(創造性教育)手法の開発」の一環として、生命美学、人工知能、バイオアート、人工生命、DIYバイオ、といった知性と生命をとりまく複数の視点から、学内外の様々な研究者と共に研究活動に取り組んでいます。
現在、バイオラボで九州大学大学院農学研究院博士課程の池永照美さんがとカイコの吐く糸を使った実験を進めています。この実験では、カイコがつくり出す糸や膜などの産物やカイコならではの造形プロセスを利用したデザインの可能性を探求します。
これまでの実験の様子はこちら
カイコが作る絹糸であるシルクフィラメントを構成するタンパク質に、竹から作られたナノセルロースを合わせる実験を行なっています。どのような素材変化が起こり、そこからどのような可能性が生まれるかを探求し、デザインの力で具現化、実現化しようと試みています。
平面吐糸でできた不織布に希釈したナノセルロースを繰り返し噴射すると、シルクフィラメント(シルク繊維)が軸となり、隙間をナノセルロースが埋め、素材同士が密着します。また同様に、シルクからできる真綿にナノセルロースを噴射すると、本来であれば微小にほぐれてどこまでも広がる真綿の繊維が固着し、広がらなくなります。ナノセルロースとシルクフィラメントを合わせてできる素材は、使用するカイコや繭の数、ナノセルロースの希釈度や噴射回数で、セロハン、紙、皮のように風合いが変化します。
平面吐糸でできたシルクフィラメントの不織布にナノセルロースを噴射するとセロハンのような風合いに
真綿にナノセルロースを噴射すると紙、皮のような風合いに
左:真綿、右:真綿×ナノセルロース
カイコが平面に吐糸すると、一匹あたり直径5㎝の円形の不織布を2、3日でつくります。また、3D状に吐糸することもできます。平面吐糸で作られる不織布は、3Dプリンターや化学繊維には生み出せないカイコの吐糸時の軌跡のゆらぎや自然の色彩が心地よく、そこにナノセルロースが加わることで、その良さを保持しつつ、シルクフィラメントだけでは生み出せないソリッド感が生まれます。
また、ナノセルロースは乾燥すると強固に固まりますが、同時に大きく縮むという特徴もあります。シルクフィラメントは、柔軟で伸張しますが、固形的な形状を維持するのは難しい素材です。ナノセルロースとシルクフィラメントが融合することで互いを補い、弾力、柔軟性のある新しい素材ができました。この素材は、平面的、立体的に造形が可能で、比較的短い期間で継続的に作ることができます。
ナノセルロースもシルクフィラメントも素材本来に近い状態でそのまま融合し、その後の加工がないため、それぞれの素材の良さが残っています。歪で、偏りもありますが、そこが面白く、制作工程を含めて毎回異なる偶発性を有する素材です。
左半分:平面吐糸でできたシルクフィラメントの不織布×ナノセルロース、右半分:シルクフィラメントのみ
今後は、この素材を使って脱プラスチックを目指したものづくりへの展開を検討しています。
日時
2019年8月8日
場所
九州大学大学院芸術工学研究院バイオラボ
Member
- 池永 照美 九州大学大学院農学研究院