九州大学大学院芸術工学研究院は、デザインの体系化を目的としデザイン学の基礎論に取り組んでいます。この度,第14回デザイン基礎学セミナー「リサーチ・スルー・デザインの理論と実践」と題し,京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab 特任教授の水野大二郎氏をお招きしてオンライン・セミナーを開催しました。水野氏に日本においてResearch through Design (RtD)はいかに受容されてきたのか、そのあるべき姿とは何かについて講演していただきました。当日の模様を,本学芸術工学研究院古賀徹教授が振り返ります。
「デザインの実践を通じた研究 Research through Design 」とは、1980年代に欧州の実務系の高等教育機関が大学へと再編され、実務主導の博士号を出す必要に迫られたことを背景として成立した概念だと水野さんは言う。その契機になったのは1992年であって、王立ロンドン芸術大学(RCA)の当時の学長であったクリストファー・フレイリングの論文によって定式化されたものである。
この概念にはさしあたり次のような含意があると水野さんは言う。一つには、実際に何かを制作することによって成立する知のあり方であり、実務家の心身のうちに蓄積されているノウハウのようなものである。たしかにそれなしでは何物も作り得ない以上、それはたしかに一つの知であり、制作を通じてそれを探求するべきものである。そしてもう一つの含意とは、法則の普遍的な妥当性を真理の基準とする自然科学や社会科学と異なって、デザインの知は、よきデザイン対象を実際に構成しうることによってその成否が判定されるような特殊解・個別解であるという点である。これらの含意は、いわゆる自然科学・社会科学とも、また解釈によって成り立つ人文学とも異なる、デザインに固有の第三の知のあり方を示すことになる。
水野さんは、イルポ・コスキネンの論述を引き合いに出しながら、こうした知が探求される場所を、実際の制作が行われる工房やラボといった「実験室(Lab)」だけではなく、調査や実装がなされる社会生活の「現場(Field)」、成果が発表され批評や議論が行き交う「展示室(Showroom)」へと拡張して捉えるべきであると言う。デザイン知の探究は、これら三つの空間的配置の相互作用において豊かに展開するはずなのだ。
考えてみるならば、イギリスの美術教育の伝統において、フレイリングのRtDの概念は、ハーバート・リードの「芸術を通じた教育 Education through Art 」をその先行者としている。リードはこの概念において、人間であれば誰しも備えている造形の能力を作品の制作を通じて自由に開花させることを訴えた。この理念には、感性の自由な発現を通じて硬化した専門を乗り越え、専門家による支配を生活者が打破することが含意されていた。
だからこそ、RtDの理念は、デザインの領域を拡張するのに打ってつけなのである。水野さんは、物語世界のなかに存在している何かを現実に制作して議論を喚起するデザイン・フィクションや、実在しないフェイクな研究計画を集めて査読論文として学術論文誌に掲載するいわば論文のアート作品化とでも言うべき近年の愉快なデザイン傾向について論を進める。こうした試みも、自室や飲み会といった「実験室」と、学会や査読システムという「現場」、成果についての喧々諤々の議論という「展示室」が相互作用して、自然科学においては考えられない豊かなデザイン知を育んでいるのである。
それが実体的な作品であれ、制度であれ、コミュニケーションであれ、何かを作ろうと試みることは人間を成長させ、知を育むことに疑いはない。だとすれば、生活に根差したそうした開かれた知の活動と、業績の質評価や博士号認定といった大学固有の知の制度のあいだには、どうしたって齟齬が生じてくるだろう。だが、それを一つの肴にして様々な実践を繰り広げることもまた、リサーチ・スルー・デザインの真骨頂なのだと思われる。
[登壇者]
水野 大二郎 Daijiro Mizuno
http://www.daijirom.com 京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab特任教授。RCAにて修士・博士号取得後日本に帰国、多様なデザインのプロジェクトに携わる。主な著書・編共著・監訳書に『クリティカルデザインとは何か』、『ファッションは更新できるのか?会議』、『Fashion Design for Living』、『vanitas』など、主な受賞作品に「Speculative, Wearable, Fashionable」(入選、Ars Electronica STARTS Prize, 2017)、「Transition」(入選、IDFA 2019) などがある。
日時
2020年7月29日 16:00-18:00
場所
オンライン
お問い合わせ
デザイン基礎学セミナー事務局 九州大学大学院芸術工学研究院 古賀徹
designfundamentalseminar@gmail.com
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第14回セミナーチラシ
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