批判理論
Critical Theory

デザインとは、人間の生活や社会をよくするものだと考えられている。しかしながら、地球環境問題や格差の拡大、資本主義と消費、人間性の荒廃というグローバルな問題に照らしてみると、むしろデザインはよいものを提供すると称しながら、全体として破滅に向かう今の社会のあり方に手を貸し、むしろそれを加速しているのではないか、そうした批判的意識が今日のデザイン自体をクリティカルな状況に追い込んでいる。

クリティカルという形容詞は、その語源に当たるギリシャ語のkritikos以来、何かに照らして判断しうること、その意味で批判・批評しうることを意味する。現代の用法では、これに対して、批判に曝されて自分の立場も危うくなるという意味で危機的、重大なという意味が加わる。

デザインにおける批判的・危機的意識の根底にあるのは、デザインの知や実践を支えてきた実証主義に対する懐疑である。実証主義(→新実証主義)とは、観念や理論が現実(実験や調査におけるデータ)と一致しているかによってそれらの真理性を判断しうると主張しうる哲学的な立場であり、デザインにおける実証主義とは、デザインにおける計画・設計・コンセプトが現実を正しく反映しているか、現実の諸問題を実際にどの程度解消し得たかによって、それらの妥当性を評価しうるとする考え方を指す。デザインの科学性がこの実証主義に主導されるとき、その妥当性の判断は一定の枠組みやデータに依拠するがゆえに、それらを超えた想像力を失いがちになる。その結果、眼前の課題解決に専心するあまりに全体としての人類的課題を見失うという先の悲劇的状況が生じることになる。

このようなデザイン批判に哲学的基礎を与えるのが、20世紀ドイツのフランクフルト学派に発する批判理論である。学派の創始者の一人であるマックス・ホルクハイマーによれば、従来の自然科学や社会科学などは、与えられた現実をそのままに受け取り、それについて普遍的で統一的な説明を可能にしようとする。自然科学における法則の発見がその典型であり、こうした理論の在り方は伝統的理論と呼ばれる。これに対して、ホルクハイマーのいう批判的な理論は、現実の所与(データ)それ自体が誤った現実の影響によって生みだされており、当の所与を条件付けている現実そのものを理論の想像力によって解明・批判すると主張される。そこでは、人間を解放するという批判的理論の利害関心によって、現実のデータは真理の根拠ではなく、所与そのものの価値が相対化され、あらためて評価されるのである。

ホルクハイマーの同僚であったテオドール・アドルノは、「今日の機能主義」という講演論文において、現代のデザインは装飾を排除し最小限の資源で最大限の効果を実現させることに専心してきたと述べる。だがそうしたデザインのあり方は、プロテスタンティズムの禁欲主義や工業化、資本主義といった支配的な権力の利害と深く結びついているとアドルノは批判する。こうした利害関心のもと、デザイナーは機能という観点からのみ自然や人間を見るようになり、効率的で機能的であることそれ自体を反省する〈余分なもの〉をデザインのうちから排除することになるという。その結果、そこで得られるデータや理論、それにもとづくデザインは現行の社会の支配的な価値観を増幅することになり、機能主義という様式は現代の権力機構の装飾に堕しているというのである。アドルノは逆に、その〈余分なもの〉を活かした、想像力に基づく「ファンタジー」のうちにデザインの豊かな可能性を見ようとする。

こうした批判的理論の潮流は、ヘーゲルやマルクス、ルカーチを源流とし、フランクフルト社会研究所に連なるホルクハイマー、アドルノ、ベンヤミン、およびその第二世代と称されるハバーマスなどに引き継がれ、さらにはイギリスやアメリカにおいて、カルチュラル・スタディーズやポストコロニアリズム、第二波フェミニズム、ニュー・ヒストリシズムといった現代の批判的思考とむすびつき、反デザインやオルタナティブデザイン、スペキュラティブデザイン、エコロジカルデザインなどを支える理論的背景として、デザインの実践に大きな影響を与えつづけている。

(古賀徹)

関連する授業科目

未来構想デザインコース デザインの哲学

参考文献

  • アドルノ(2005)「今日の機能主義」古賀徹訳・解説、『芸術工学研究』vol.4、89-103頁
  • アドルノ/ホルクハイマー(2007)『啓蒙の弁証法』徳永恂訳、岩波文庫
  • ホルクハイマー(2000)「伝統的理論と批判的理論」(『イデオロギーとしての技術と科学』長谷川宏訳、平凡社ライブラリー所収)