展示デザイン
Exhibit Design

展示デザインとは、オーディエンスが展示物を鑑賞する場を企画・制作することである。オーディエンスが展示物と対峙し、そこに対話が生まれ、コミュニケーションが実現するための情報環境を整えることが目的となる。ここでの展示物とは、芸術作品、博物館資料などを指す。展示を統括するキュレーター(チーフキュレーター、もしくはディレクター)は、展示物に関する学術的知識と文化的知見に基づいて、展示デザインのコンセプトを立案し、展示品を選定する。展示手法と関連情報のバランスを考え、全体として展示物にまつわるコンテクストをどのように提示するのかを計画する。


オーディエンスにとっては、自由に展示物にアクセスできるのが理想だが、実際にはミュージアムや企画展といった場を介して展示物を見る場合がほとんどで、そこにメディエイターとしての展示キュレーターの存在意義がある。日本の学芸員資格は博物館法に基づいており、作品や文化財の保存、管理、研究、修復、公開といった多くの役割を担っているが、ここでの展示キュレーターとは、企画展のディレクションを主な業務として担当する人を指す。


展示デザインの制作には、さまざまな技術と手法が用いられる。建築、インテリア、壁面や什器の施工、照明機器、グラフィック、映像、デジタルツール、音響、コンテンツ開発など、さまざまな設計技術を統合して、オーディエンスが展示物と対峙する場が制作される。展示キュレーターのコンセプトに従って展示物の配置は決定され、オーディエンスの理解や解釈を妨げないように、空間の構成や動線が決定される。複数の展示物がある場合、展示キュレーターはそれぞれの展示物にまつわる既存のコンテクストを尊重しつつ批評的に取り扱い、他の展示物を並べることで新たな意味を生み出すことを目指す。


展示物には、タイトルや素材、年代などのキャプションを始め、解説パネルや動画など、さまざまなメタ情報が存在する。芸術作品の場合、過剰な情報はオーディエンスの自由な鑑賞を阻害する。一方、博物館資料や学術標本の場合は、オーディエンスの求めに応じて、その学術的、歴史的な解説に簡単にアクセスできることが適切であろう。デジタルツールの活用・開発や、オンライン情報の充実、連動が重要になる。音声ガイドは多くの展示で普及しているが、その内容や音声メディアのより効果的な活用方法については、まだ多くの可能性が残されている。


鑑賞の前後に関連情報にアクセスできる環境を整えることは、展示物とオーディエンスの関係を考える上で今後ますます重要になるであろう。オーディエンスに向けた展示の広報活動、作品をオンラインで観るヴァーチャルミュージアム、関連情報の提示やアーカイブの充実などは、展示デザインと連動して計画する必要がある。解説や関連情報としてではなく、他のメディアを介した情報が、そのままでは見えない展示物の魅力を引き出す場合もある。「写真家上田義彦のマニエリスム博物誌」(2006)、「九州大学ミュージアムバスプロジェクト」(2012)では、学術標本を写真家が撮るという企画が好評を博した。計算された照明の元で写真家が撮影し、通常ではわからない学術標本の美しさをあぶり出す。展示物をこれまでとは別のアングルから切り取るという、展示ディレクションの成果であり、学術標本とフォトアートのコラボレーションとも見なせる。「疎と密──音景×コレクション」(東京大学総合研究博物館、2021)では、変化する調光、音響を制御して、ライブプログラムとして学術標本を見せるという試みも行われている。展示空間とはオーディエンスにとって、刺激と示唆に満ちた場所である。あらかじめ何らかの価値を持った展示物が存在し、それをオーディエンスが見る、という一方向的な情報の流れではなく、展示物との対話を生みだすことが展示デザインの目的である。


展示デザインを考える上で、磯崎新の提唱した美術館の3世代分類は、いまなお基本的な問題提起として有効である。第一世代とされた、宮殿を転用したルーブル美術館に代表されるような王侯貴族のコレクションを展示する空間は、建築空間や展示物の権威性や威光によって来訪者を圧倒するという点では歴史遺産的な意味しかない。とはいえ、空間や展示物の圧倒的存在感で見る人に訴えかける手法は現代においても有効である。「驚異の小部屋」(銀座メゾンエルメス/東京大学総合研究博物館、2008)は、既存の貴重な学術標本を、現代の高級ブランド商品と共に、古くから大学で使用されてきた趣きのある什器の中に所狭しと陳列することで、驚きに満ちた不可思議な展示空間を生み出している。


第二世代とされるホワイトキューブの展示空間は、現代においても一般的な展示空間の代名詞であり、何もない空間ゆえの可変性と汎用性は企画展に適している。ただ、抽象的で真っ白なニュートラルさに対しては、青木淳の「現実には見当たらない緊張感が充満した空間になっている」との指摘もある。ギャラリーにはホワイトキューブが多く、敷居が高いとされてきたが、近年は気軽に楽しめる展示や作品が多くなり、ギャラリストが自身のギャラリー以外での展示に関与する場面も増え、多様な展示空間でキュレーターとしての役割も果たすようになってきている。


第三世代は、磯崎設計の奈義町現代美術館(1994)で実現した、固有な場所と作品が密着した、その場でしか成立しない体験を提供する空間である。青森県立美術館(2006)や十和田市現代美術館(2008)のように、ホワイトキューブのように見えて、アート作品やその土地と固有の関係性を結ぶ建築もある。


現在、地域で展開される芸術祭やアートプロジェクトにおいて、土地や場所の特性を活かしたサイトスペシフィックな作品が多くみられる。古い建築を転用、リノベーションした空間において、その歴史性や個性が新たな作品や展示物との相乗効果を醸し出す例も多く見られる。滞在型のアーティストインレジデンス方式や、完成までのプロセスを作品とみなすワークインプログレスの手法も一般的になりつつある。


場所との関係性に加えて、地域の人々との対話、やりとりが重視されることは、展示物をきっかけとしてコミュニケーションが育まれることを目指すという、本来の展示デザインの目的から考えれば、自然な流れであろう。これからの展示デザインとは、作品制作や展示物の選定、場所や施設と密接に関わりあう中で、アート体験、鑑賞体験を実現するためのデザインになるといえるだろう。それはオーディエンスの自律性や参加性を促す行為でもある。

(齋藤俊文)

参考文献

  • 磯崎新(1996)『造物主義論 デミウルゴモルフィスム』鹿島出版会
  • 九州大学大学院芸術工学研究院/齋藤俊文編(2013)『九州大学ミュージアムバスプロジェクト』九州大学出版会
  • 西野嘉章編(2006)『東京大学コレクション 写真家上田義彦のマニエリスム博物誌』赤々舎