ソーシャル・デザイン

近年、ソーシャルという用語がデザインと近接関係を色濃くしている。デザイン史を振り返ると、19世紀イギリスのウィリアム・モリス、ジョン・ラスキン、クリストファー・ドレッサーに端を発し、1960年-70年代のビクター・パパネック、ビル・モリソン、ラフル・アースキンら、デザインの社会的役割とその実践の事例が挙げられる。これらは近代化(工業化)、第二次世界大戦、オイルショックといったそれぞれの時代の経済変革や危機へのデザインからの応答として見ることができる。

2008年以降の世界経済危機は、世界の中でも特に欧州の福祉国家の社会保障制度の行き詰まりに拍車をかけている(例えば、生産業・製造業のグローバル化、失業率の増加、労働人口減少による福祉税収減、人口の高齢化による国民保健予算の逼迫、移民や難民の過剰流入による公共サービスの圧迫など)。社会格差は深刻化しており、公教育予算の大幅削減にも至っている。このように悪化する社会福祉状況の打開のために、政策立案者や公共機関従事者側からのデザインやデザイン研究の担える社会的責任に期待が集まっている。具体的には、従来の公共福祉サービスや健康医療制度の見直しにデザイナーの視点を取り入れる試みは、中央政府、地方政府側からのデザインによる介入への期待の現れと言える。

殊に2010年代以降、この文脈におけるデザインの側からの責任ある社会参画が期待され、ソーシャル・デザインへの関心と需要が増している。欧州委員会は同年に欧州2020戦略(Europe 2020. A Strategy for Smart, Sustainable, Inclusive Growth)を策定し、EU全体における効率的、持続可能的、包摂的な経済成長、雇用創出、貧困削減等を推進する姿勢を打ち出している。欧州各都市におけるアートとデザインの活用を通した文化政策、社会的弱者が陥りやすい犯罪、薬物依存、(移民・難民を含む)非識字、貧困といった諸課題への取り組みなどが散見される (Markussen 2017)。イギリスでは、移民の超高齢化により、非識字が原因となり、高齢移民が国民保健サービスを利用できない、または、サービスの申請が出来たとしても自分が望むようには十分に享受できていない問題が顕在化している。これらを解消するために、移民参加型のコ・デザインによって既存のサービスの使い勝手の悪さを検証する動きが出ている(Balezdrova, Choi, Lam 2019)。ケア・サービスの広告を分かりやすく変更する、通訳者を拡充する、高齢ユーザーを対象としたユーザー・テストの拡充などはその一例である。スイスでも同様に、非識字の移民が受ける保健サービスの不十分さが問題化している。例えば、未成年者の非識字移民が小児病棟で受ける既存の医療サービスでは、患者と看護師との意思疎通に弊害が生じ、双方のストレス、疎外感や抑鬱などの悪影響が起きている。院内で日々繰り広げられる患者と看護師のやりとりで相互理解を深めるため、コミュニケーション・エイドと呼ばれるデザインが考案されている。これは、時間や費用がかさむ通訳者を必要とはしないものの、看護師のジェスチャーだけでは患者に十分に説明することができない状況に即して、写真やイラスト、スケッチを用いて患者に指し示す自己治療手順のカードのことである(図1)。患者は病室の壁に貼られたピクチャー・カードの指示に従って、日中の自己治療を間違わずに行うことができるようにデザインされている(Kaufmann, Smon, Helfer 2020)。

図1:非識字移民の小児糖尿病患者に向けたコミュニケーション・エイドの事例

このような現代の社会福祉の文脈におけるソーシャル・デザインは何を意味するのだろうか。2012年から2014年にかけて芸術・人文科学研究会議の委託を受けて行われたソーシャル・デザインの研究と実践及び将来戦略についての調査報告書Social Design Futuresによれば、ソーシャル・デザインとは、(1)参与・参画型の運営方法や取組み方を採用し、(2)その最終目的は、経済目標よりも社会目標の到達の方に重点が置かれ、集合的ないし社会的目的達成に向けた変化を創出・探究する概念や実践を指している (Armstrong et al.)。

ソーシャル・デザインやその活動を実際に担う人とは、職業として自身をデザイナーと称する人やデザイン学校でデザインを学んだ人のほか、デザインが行われる過程に参加する人々などが想定されている。例えば、デンマークにあるストーストレム刑務所(デンマーク人建築家C.F.モラー設計)では、収監中、あるいは、保護観察処分中の父親とその子供(11歳~18歳)を対象とした、受刑者とその子供が参加してコ・デザインする家族ボード・ゲーム「Captivated」が研究、実装されている(Knutz and Markussen 2020 (b)) 。これは、収監を理由に長期間(8年~16年)父親との別離を余儀なくされている未成年者の潜在する社会的脆弱性(父親不在による子供の幸福度の低下、精神疾患の罹患率上昇、里親配置による環境変化、就学意欲低下など)を懸念し、そこに社会的弱者のニーズと変化創出の可能性を模索している。ゲームの仕組みは、盤上にある不動産をプレイヤー同士が取引をして資産を増やす(あるいは相手を破産させる)ボード・ゲーム「モノポリー」に類似してはいるが、「Captivated」の場合は、盤上には収監されている父親が生活する刑務所の環境が配置され、父親と子供は、双方の間で共有されることのない刑務所内の日々の暮らしについて、カードを繰りながらお互いが知り得ない話を紡いだり、身体接触を伴う相互活動(お互いの腕や足に油性ペンで刺青を施すなど)を共有する。これは、収監中の父親による養育促進と子供にとって収監中の父親との面談を有意義なものとするために、父親と子供と刑務官が主体となりゲームに参加・運営して家族の物語を再構築するデザインであると言えよう(図2)。

図2: ボードゲーム「Captivated」の事例

ところで、直近の議論では、このような参加型デザインの取り組みは、必ずしも最善策であるとは限らないことが指摘され始めている。それは、職業的デザイナー主導の取り組みは支配的であり、草の根的な社会的弱者参加型の取り組みが良いという想定を鵜呑みにすることには注意が必要であるという研究者らの反省に見て取れる。現実には、全ての人が参加できるわけではなく、また、全ての人に参加を促す姿勢がデザイナーの倫理に叶うのかどうかも議論する必要がある。私たちは、何のための参加なのか、誰が参加するのか、いつ・どのように・どの程度参加するのかについてさらに議論を深めていくことが重要である(Knutz, Markussen 2020 (a))。

最後に、ソーシャル・デザインの概念は、社会的弱者の包摂と福祉の改善を志向するためか、ソーシャル・イノベーションやソーシャル・アントレプレナーシップという用語との混同を招きやすいことにも配慮が必要であろう。社会的価値の標準をどこに定めるかを明確にする作業によって、この隣接する三つの概念を区別することができる(そうして定められた価値基準に従って、評価の方法・手段や評価基準が異なってくるからである)(Markussen 2017)。一方で、ソーシャル・デザインは、商業目的よりも社会的目的のための変化を創出する比較的小規模な参加型の活動や取り組み方であり、社会的周縁者やマイノリティといった特定の少数派のニーズを満たす社会変革を目指している。他方で、ソーシャル・イノベーションとソーシャル・アントレプレナーシップは大規模な影響を与えることで人々が考え方を模倣し合い課題解決策を広げてゆく波及効果を作り出す点で類似性を持っている。二つの差異は、ソーシャル・アントレプレナーシップは、市場価値に重点を置きながら市場の失敗を次の商機と捉えることで社会的影響を生み出そうとすることに標準を定めるのに対し、ソーシャル・イノベーションは、市場や消費者のニーズではない、組織・機関システムの欠陥や不備に起因する社会関係上のニーズに即した社会包摂や福祉の充足を図ることを目指しており、組織の刷新を行うことよりも、既存の要素の組み替えや再配置などの改善策の創出に価値基準を置いている。

(丸林祐子)

参考文献

  • Armstrong, Lea, Bailey, Jocelyn, Julier, Guy, Kimbell, Lucy (2014) Social Design Future: HEI Research and the AHRC. Brighton: University of Brighton.
  • Balezdrova, Nevena, Choi, Youngok, Lam, Busayawan (2019) “‘Invisible Minorities’: Exploring Improvement Strategies for Social Care Services aimed at Elderly Immigrants in the UK using Co-Design Methods.” In Proceedings of International Association of Societies of Design Research Conference, Manchester: Manchester Metropolitan University, 1-14.
  • Gooch, Daniel, Barker, Matthew, Hudson, Lorraine, Kelly, Ryan, Kortuem, Gerd, Linden, Janet, Petre, Marian, Brown, Rebecca, Klis-Davies, Anna, Forbes, Hannah, Mackinnon, Jessica, Macpherson, Robbie, Walton, Clare (2018). “Amplifying Quiet Voices: Challenges and Opportunities for Participatory Design at an Urban Scale.” ACM transactions on computer-human interaction. 25 (1), 1-34.
  • Kaufman, Beatrice, Simon, Karika Anja, Helfer, Tannys (2020) “‘It Somehow Worked in the end’: Managing Demanding Communication Situations between Nurses and Migrant Families in the Paediatric Hospital Setting through the Use of Communication Aids.” In Christerm K., C. Craig and P Chamberlain, eds. 2020 Vol.2 of Proceedings of the 6th International Conference on Design4Health, Amsterdam, Sheffield: Sheffield Hallam University: 47-56.
  • Manzini, Ezio (2015) Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation. Trans. Coad, Rachel. Cambridge: The MIT Press.(エツィオ・マンジーニ(2020)『日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』安西洋之・八重樫文訳、ビー・エヌ・エヌ新社)
  • Markussen, Thomas (2017) “Disentangling ‘the social’ in social design’s engagement with the public realm.” CoDesign: International Journal of CoCreation in Design and Arts. 13(3), 160-74.
  • Knutz, Eva, Markussen,Thomas (2020a) “Politics of Participation in Design Research: Learning from Participatory Art”. Design Issues. 36(1), 59-76.
  • Knutz, Eva, Markussen,Thomas (2020b) “Playing games to re-story troubled family narratives in Danish maximum-security prosons.” Punishment & Society. 22 (4), 483-508.
  • Melles, Gavin, de Vere, Ian, Misic, Vanja (2011) “Socially Responsible Design: Thinking beyond the triple bottom line to socially responsive and sustainable products design.” CoDesign: International Journal of CoCreation in Design and Arts. 7 (3-4), 143-54.
  • Spencer, Anna Louise (2019) “Informal Education: A New Lens on Socially Engaged Design Practices.” The international journal of art & design education. 38 (4), 785-97.
  • Thorpe, Adam, Lorraine, Gamman (2011) “Design with Society: why socially responsive design is good enough.” CoDesign: International Journal of CoCreation in Design and Arts. 7 (3-4), 217-30.