2019年から活動をスタートした九州大学大学院芸術工学研究院のバイオラボでは、現在取り組んでいる「次世代のデザイン教育(創造性教育)手法の開発」の一環として、生命美学、人工知能、バイオアート、人工生命、DIYバイオ、といった知性と生命をとりまく複数の視点から、学内外の様々な研究者と共に研究活動に取り組んでいます。
現在、バイオラボで九州大学大学院農学研究院博士課程の池永照美さんがとカイコの吐く糸を使った実験を進めています。この実験では、カイコがつくり出す糸や膜などの産物やカイコならではの造形プロセスを利用したデザインの可能性を探求します。
これまでの実験の様子はこちらから
カイコの平面吐糸実験
ナノセルロース×シルクフィラメントの融合素材のデザイン
私たちが何気なく選んで購入した一枚のTシャツやジーンズが、生態系や環境に与えるインパクトはどのくらいなのでしょうか?
コットン100%のTシャツ一枚を作るためには、素材であるコットンの栽培に水2,700リットルが必要で、その量は、私たち一人当たりが飲む水の量の900日分に換算されます。
世界で使用されている殺虫剤の総量のうち、1/4はコットンの栽培で使用されており、殺虫剤を使用しないオーガニックコットンの栽培面積は1%未満と言われています。
例えば、ウズベキスタンで生産されたジーンズに使用するコットンが、糸に加工されるためにインドに輸送され、染色されるためにモロッコに輸送され、フランスで販売されています。その移動距離は約65000㎞で、生産過程と移動距離中に出る温室効果ガスの量は年間12億トンとされています[1]。
また、衣服制作の加工中に使用される化学物質の中で、表面活性剤のNPEs(Nonylphenol ethoxylates)は、一度廃水として排出されてしまうとNP(Nonylphenol)という有害物質に分解されます。海に流されたNPは、分解されず、個々生物の生体内で蓄積され、食物連鎖で私たちの体内に取り込まれ、ホルモン分泌を乱す物質として働きます[2][3]。
こうして見ると、天然繊維であるコットンでTシャツやジーンズを作るにしても、生態系や環境に与える負荷はとても大きいのです。
カイコによる不織布とナノセルロースを使った素材のデザイン化を目指し、その第一段階として不織布パーツを制作しました。この不織布は、カイコの生命力と紡績技術で作られるため、温室効果ガスを排出することなく成形することができます。また、カイコは2~4日で糸を吐き終えるため、飼育期間の約25日を含めると30日前後で不織布が完成します。前回の実験で、四角よりも円の方がカイコが均一に吐糸したため、今回は、円と六角形の不織布を大量に制作しました。
九州大学大学院農学研究院遺伝子資源開発研究センター(伴野豊教授)より、本研究に適したカイコ系統としてb32系統を勧められ実験に使用しました。本系統は平面的に吐糸させた場合でも絹蛋白質の合成量、分泌量の低下が少ないSan(繭紙吐糸)という遺伝子を有しています。なお、本系統は文部科学省のナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)事業のサポートを受け、九州大学で保存されています。
本来、カイコは一匹ずつ繭に籠る習性がありますが、それが不可能な環境に置かれた時には、通常よりも多く動きまわりながら、円あるいは六角形上に渦巻きや波打つような立体的で非常に興味深い糸の軌跡を残しました。この糸の軌跡は、織りでは再現できない構造です。
また、通常の繭を糸にして織り、布にする場合には、その過程で繭糸を構成するセリシンというタンパク質が除去されます。セリシンを除去すると、黄、緑、肉食色の繭から作る糸でも白色になり、除去の際に薬剤を使用して再度染色する必要があります。
しかし、平面吐糸させた不織布の場合は、セリシンを除去する必要がないため、セリシンに含まれるカロチノイド(黄色)やフラボノイド(緑色)が残り、染色せずとも、繭糸本来の色を活かすことができます。
また、これまでの生産工程においては、繭から糸にする過程で、繭の中にいる蚕の蛹を殺す必要がありますが、平面吐糸の場合は、蛹を殺す必要がなく、今回の実験でも大量に次世代のカイコの卵を採取することができました。
ただ、今回制作した不織布は、糸を織って作られた布と比較するとほぐれやすく、堅牢度は落ちてしまいます。したがって、今後は、繊維を固着し、色素を固定する性質のあるナノセルロース(九州大学大学院農学研究院近藤研究室が開発したACCナノセルロース)と合わせて、色素固定と強度強化の調査を行う予定です。
[参考文献]
[1] https://www.youtube.com/watch?v=3DdU7c66E9g
[2] Dirty Laundry 2 : Hung Out to Dry Unravelling the toxic trail from pipes to products, Greenpeace international, 2011
[3] Les dessous toxiques de la mode, Greenpeace international, 2012
日時
2019年10月20日-10月24日
場所
九州大学大橋キャンパス バイオラボ
福岡市南区塩原4-9-1
Member
- 池永 照美 九州大学大学院農学研究院