リサーチ・スルー・デザイン

デザインの知とは机上や実験室ではなく、実際に手や身体や知能を働かせる工房の実践をつうじて獲得されたり創造されたりするものである。当時ロンドン王立美術大学の学長であったクリストファー・フレイリングは、自然科学や人文科学とは異なるデザイン独自の知のありかたを定義した。こうした定義の背景には、1980年代の欧州においてアートやデザイン系の大学機関の再編の波が生じ、美術大学をはじめとした実技系の高等教育機関がたんに実技の修練学校ではなく独立した研究機関としての地位を得ることとなり、その結果、自前の博士号を出す必要に迫られたことがある。そこでデザインは、実験を通じて普遍的法則を探求する自然科学や問題解決のための技術的手段を開発する工学とは異なって、個別の実践に基づく独自の知のあり方を明確化しなければならなくなったのである。

フレイリングは「アート&デザインにおける研究」(1992)という著名な論文において、真理を探求する理性のあり方を三つに分類する。一つは、芸術とデザインの実践活動の内部へと分け入ってゆき、その構造を分析し記述する探求、つまり「芸術とデザインの内部へ向かう研究 Research into Art and Design 」である。そこには従来の美術史やデザイン史、美学やデザイン学、その経済的、社会的、政治的、倫理的、文化的な研究が含まれるとされる。フレイリングは従来の人文科学に相当するこれらの研究を、大文字Rをとる研究 Research と定義し、それによる博士号を「調査による学位認定 degree by study」と呼んでいる。これに対して、芸術やデザインが最終的な成果物を完成させるために必要となる技術的手段を開発する探求、すなわち「芸術とデザインのための研究 research for Art and Design 」がある。これは、いかにしてその目的物が制作できるか、そのための技術や技能、つまり technologies for Design を探求するものである。従来の工学研究に相当するこれらの研究をフレイリングは小文字rをとる研究 research と呼び、これによる博士号を「装置開発による学位認定 degree by development 」と呼んでいる。

そして最後に、この二つの研究をいわば総合するものとして、「芸術とデザインを通じた研究 Research through Art and Design 」があるという。これはハーバード・リードの論文「芸術を通じた教育 Education through Art 」の理念を引き継ぐものであり、成果物を具体的に造形する過程において、そこではじめて得られる様々な知見や経験、および定式化されにくい身体知・暗黙知の探求を意味する。試行錯誤における素材や色彩の吟味、実際の制作にもとづく方法の工夫、制作結果の意味についての考察、制作の方法論の探求などが含まれると主張される。フレイリングはこれによる博士号を「プロジェクトによる学位認定 degree by project 」と呼ぶ。

イギリスにおいてこの概念がデザイン学の中心概念の一つになった理由の一つに、19世紀後半以降のラスキンやモリス、20世紀におけるリードのデザイン論の伝統がある。フレイリングはこの概念によって、手を動かすことを通じた人間性の回復の論理をデザインの実践のうちに見いだした。それは、自然科学の普遍的法則性、人文科学の解釈学的循環とはことなり、制作物をひとつの真理解とみなし、その構成の論理を明らかにする独自の知のあり方であった。リサーチ・スルー・デザインの概念は、様々な論者によって、リサーチ・アズ・デザイン、リサーチ・バイ・デザインといったかたちで継承され、デザインはいかなる意味で真理を探求するのかをめぐるデザイン学の認識論に今日に至るまで、多大な影響を与えつづけている。

(古賀徹)

関連する授業科目

未来構想デザインコース デザインの哲学

参考文献

  • Christopher Frayling (1993), Research in Art and Design, Royal College of Art Research Papers, Volume 1 No.1.