イタリア未来派
Italian Futurism

20世紀初頭に社会の工業化が成熟のときを迎えると、人々は科学主義に賛同するようになった。このような工業化社会の到来は、芸術にも大きな影響を与えた。その代表例の1つとして、イタリア未来派があげられる。

イタリアの詩人であるフィリッポ・トマゾ・マリネッティは、1909年に「未来派宣言」を発表し、芸術家に必要なのは勇気、大胆、反乱だと扇動した。速力や運動を伴う機械である自動車、汽船、機関車、飛行機を称え、労働と工場と大群衆の近代的エネルギーを称え、あらゆる戦い、軍国・愛国主義、アナーキストの破壊的行動を称え、女性および女性賛美主義を軽蔑した。この非人道的で過激な男性主義の宣言に5人のイタリア人画家(ウンベルト・ボッチョーニ、ジャコモ・バッラ、ルイジ・ルッソロ、カルロ・カッラ、ジーノ・セヴェリーニ)が賛同し、未来派グループが結成された。

未来派の画家たちによる絵画の作品群はキュビズムの影響を受けながらも、時間、空間、色彩、光、ダイナミズムなどを題材とし、独自の表現手法を用いて描かれた。バッラの《街灯》は近代科学の進展によってロマンチックな月光が都市の街灯の光に駆逐されるという主題の絵画であるが、光と色彩に関する深い探究心が見てとれる。また、《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》では動く犬のダイナミズムを分析し、多重露光写真のようなイメージが描かれている。足などを通常よりも数多く描くことによってスピード感を表現する手法は、日本の漫画における動勢表現にも影響を与えている。

図1:ジャコモ・バッラ《街灯》1909年
図2:ジャコモ・バッラ《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》1912年

また、未来派の活動が、絵画だけに限定されず、文学、写真、映画、音楽、彫刻、建築、演劇、デザイン、ファッションなどあらゆる芸術分野を統合しようとする感覚を有していたことは特記すべき事項である。バッラは1917年に、イゴール・ストラヴィンスキーのバレー音楽「花火」のための舞台装置(図3)を制作した。この装置は、5分間の間に、49種類の異なる光の連続や組み合わせが、舞台裏の鍵盤から光が投影されるもので、光を造形要素とするライト・アートの誕生を喚起するものであった。さらに、ルッソロは1913年に、雑音を発生させる楽器「イントナールモーリ」(図4)を発明し、演奏を行った。ルッソロは、雑音(ノイズ)を、粗暴なやり方で生を喚起するものと捉え、路面電車や内燃機関、自動車、大声をあげる群衆などが発する雑音を理想的に組み合わせる革新的な活動を行った。伝統的な音楽が秩序ある楽音による創作に限られていたのに対し、雑音をも音楽の構成要素と捉える視点は、当時の音楽分野の領域拡張を促す先見的なものであり、現代音楽に与えた影響ははかり知れない。また同時に、美術と音楽との差異を越境しようとする前衛的な試みでもあり、音を主要な表現要素とするサウンド・アートのはしりとも捉えられる。

図3:ジャコモ・バッラ《花火》1917年
図4:ルイジ・ルッソロ《イントナルモーリ》1920年

このように、未来派は1911年から1915年という僅かな期間にもかかわらず、爆発的で破壊的な前衛的運動により、後世に多大な影響を及ぼした。未来派の芸術家たちはファシズム政治と戦争に荷担し、戦場の最前線におもむき戦死者や重傷者を出したが、芸術と科学技術の融合を示唆した理念や意思はロシア構成主義やダダなどに受け継がれ、諸芸術の発展に大きく寄与した。

(栗山斉)

参考文献

  • 伊藤俊治(1991)『機械美術論 もうひとつの20世紀美術史』岩波書店
  • 末永照和(2000)『20世紀の美術』美術出版社
  • 橋本太久磨(1995)『近代デザインの歩み デザイナーのための』理工学社