アフォーダンス
Affordance

ある概念の本質が何であるのかを前もって確定することはできない。デザインの系において、真理とは経験によって更新されるものであり、何かについての概念を明晰に捉えるためには、その何かに対してどのような行為ができて、どのような効果が生じているのかを観察する必要がある。そのため、デザインは、制作物の提案を通して、生活者を取り巻く、事物で構成された環境の形を変化させ、その結果、生活者がどのように行為し、生活者と環境の間にどのような意味や価値が見出されるのかを探究するのである。

その「意味(環境の在り様を示す内容)」や「価値(知覚者にとって有用な環境の性質)」の知覚に関して、プラグマティズムの思想に影響を受けたジェームズ・ギブソンという知覚心理学者が1960年代に直接知覚説やアフォーダンスという概念を提唱し、生態心理学の理論を構築した。ギブソンの生態心理学では、環境からの刺激が感覚受容器に入力され、その刺激が電気信号に変換され、中枢神経において処理されて1つの像が形成されるというような伝統的な知覚論を否定し、環境の事実は知覚者の周囲を満たす光が持つ構造から直接知覚できるという。

ギブソンによると、知覚者が何かを見る時には、眼球を動かし焦点を合わせ、時には環境内を移動する。それらの動きに連動して常に風景は変化し、知覚者はこの変化の中において、不変であり続ける性質「不変項」を捉えることで、この世界を知覚しているという。そのため、従来の視覚論が対象としてきた時空間中の物体の静止した形ではなく、動きの中での変化を知覚するために、ギブソンは環境を「メディウム(媒質)」と「サブスタンス(物質)」と「表面」の3つの概念を用いて記述する。

ここでのメディウムとは空気のように動物がその中を移動できるような性質を持つもののことであり、サブスタンスは化学的・物理的性質が異なる元素や化合物から成る混合物で固体あるいは半固体のものをいう。表面はメディウムとサブスタンスの境界である。メディウムに接するサブスタンスが持つ光の反射・吸収の性質により、表面の性質が決まり、それらの多様な表面が組み合わされて表面の肌理やレイアウトが作られるという。そして、環境中の表面により反射・散乱された光は多重に交差してメディウム中を満たし、知覚者の眼を囲う包囲光となる。周囲の性質を反映した構造(包囲光配列)を持つ光がメディウム中にあることで、視覚により環境の豊かな「在りのままの情報」を得ることが保証されるのである。知覚とは、眼の筋肉を動かすなどの行為を調整することで、包囲光の情報を探索し、意味をピックアップすることであり、動物が推論や内部表象を用いずに環境の事実を知るという考え方をギブソンは直接知覚説と呼んだ。

更に、包囲光の情報から、知覚者は環境の事実を特定する「意味」だけでなく、同時に、その環境において自己がどのような行為が可能なのかを知る機会「価値」を特定できると考えられている。ギブソンは 1960 年代にアフォーダンス概念を提唱し、その内容は著書『生態学的知覚システム』(1966年)や『生態学的視覚論』(1979年)において示されている。

アフォーダンスとは「環境の中に実在する知覚者の行為を喚起する可能性」である。それは、特定の動物が知覚できるか否かに関わらず存在する環境の性質であり、知覚者の身体的性質に固有に対応する環境の機能的価値である。例えば、ある植物の葉の裏側の表面は、ある蝶に対してそこに止まることを提供(アフォード)するが、同じ蝶でもそのアフォーダンスを知覚できない場合はある。また、そのような行為能力がない動物の場合でも、それらから独立してアフォーダンスは環境中に存在すると考えられる。

アフォーダンスは、視覚に限らず、手触りや音、味、臭いなどからも知覚される。生活者は行為を通して、全身で周囲の在り様を知覚しながら、無意識に自己にとって可能な行為の機会を探し続けている。そのような生活者にデザイナーはどのようにして制作物を設計すればいいのだろうか。

ここで、花王株式会社の平山らと筆者が発案したドラッグストアに設置する砂時計型の香り見本装置のデザイン事例を紹介する。それは、気体を通し液体は通さない特殊なフィルターを上下面に設けた砂時計型の容器に液体の香料を入れたもので、消費者がシャンプーの香りを確かめるための装置である。商品棚に置いている状態では香りは外に漏れにくく、容器をひっくり返すと香りが外部に広がり、液体は容器内で魅力的に滴り落ちるように設計した。

デザイナーは、利用者の行為の発現可能性を創ろうとして、過去に自己が経験した滴り落ちる雫や漂う香りの様子、砂時計を使用した際のアフォーダンス知覚の記憶を根拠にしながら推論し装置を制作した。容器の上下面を平らに設計し、持ち上げやすいサイズを検討し、容器を透明素材にして液体に色をつけることで装置の在り様を知覚しやすいように工夫した。しかしながら、実際に利用者に行為が生じるかは分からない。アフォーダンスとは創られるようなものではなく、言葉では表現し尽くせないほど豊かに、環境の中に既に潜んでいるものである。そして、それらを知覚できるか否かは利用者に委ねられる。そのような意味で、デザイナーは創造者ではなく実験者であるといえる。

図1:『香り提示装置』,2018.
図1:『香り提示装置』,2018.
図1:『香り提示装置』,2018.
図2:『香り提示装置』(5),特開2018-016410, 公開特許公報(A),2018.(公開予定)

デザイナーは、環境の中に存在する知覚者とモノとの関係性を知覚者に驚きをもって気づかせたり、知覚者が無意識的にアフォーダンスを知覚して行為を遂行できるように工夫したり、更に、その行為能力を持たないために利用不可能な環境の性質(資源)を利用可能になるように知覚者を成長させる機会を設けたりするために、実験的にサブスタンスを捏ねくり返し、表面レイアウトを変異させる。デザインとは、そのような環境と人の関係を継続的に探るような行為なのである。

また、生態心理学は知覚に関する理論であるが、デザイン事例で示したように人は知覚だけではなく、知覚を基に得られた概念や記号を用いて連想や推論などの思考を行っていると考えられる。今後、生態心理学の観点から思考の役割について議論を進めたい。

(秋田直繁)

関連する授業科目 

インダストリアルデザインコース ライフスケープデザイン論

参考文献

  • 小林道憲(2009)『続・複雑系の哲学 21世紀の科学への哲学入門』麗澤大学出版会
  • 染谷昌義(2017)『知覚経験の生態学 哲学へのエコロジカル・アプローチ』勁草書房
  • 平山晴信、園部円香、中村友香、児嶋貴美子、外間貴美、秋田直繁(2018)『香り提示装置』特開2018-016410、公開特許公報(A)
  • James, J Gibosn (1966), The Senses Considered as Perceptual Systems, Boston: Houghton Mifflin (ジェームズ・ギブソン(2011)『生態学的知覚システム 感性を捉えなおす』佐々木正人、古山宣洋、三嶋博之監訳、東京大学出版会)
  • James, J Gibosn (1979), The Ecological Approach to Visual Perception, Hisdall, NJ: Lawrence Erlbaum, (ジェームズ・ギブソン(1986)『生態学的視覚論 ヒトの知覚世界を探る』古崎敬、古崎愛子、辻敬一郎、村瀬旻訳、サンエンス社)