サイバネティクス
Cybernetics

サイバネティクスとは元来、ギリシャ語で「操舵手」を意味する。荒れ狂う波風や天候の急激など、船体が置かれた周囲の環境の変化を取り込み、安定した状況を保ちながら、目的地まで船をいかにして運行することができるのか。こうして無限に変化しうる環境へと臨機応変に対応する術のデザインを目指したサイバネティクスは、20世紀以降、生物全般と自然や社会との関係を情報という概念から包括的に捉えようとした学問分野の総称となる。その主眼となったのは、物理的な現象から生物および社会経済にいたる対象のコミュニケーション回路を技術工学の観点から制御(コントロール)可能にすることであった。サイバネティクスはそうして、人間を含めた動物とコンピュータへと連なる機械とを同列の地平に置き、それぞれの意思伝達や動作命令を環境の変化に対応可能にするための理論と実践を練り上げたのであり、その影響力は現在まで、この言葉を含みもつ「サイボーグ」や「サイバースペース」といった呼称が広く知れ渡っていることにも示される。

サイバネティクスの源流は、第二次世界大戦直後のアメリカ合衆国にさかのぼる。冷戦へと突入する不穏な社会を背景として、1946年から1952年にかけて各分野で最先端に位置する科学者たちを結集した通称メイシー会議が開催された。これは数学や物理学、生物学、心理学、神経科学、文化人類学などの諸分野を情報工学の視座から横断可能にするための試みであり、現在のコンピュータや通信機器、そして人工知能などの発展の礎となる学際的な取り組みでもあった。例えば、ノーバート・ウィーナーやクロード・シャノンは、戦時中から一定の環境のうちでミサイルの弾道を正確に測定する高速計算機の研究を進めつつ、現在までの通信と制御にかかわる理論を定式化した中心人物である。ここに現在のコンピュータの原型を生み出したジョン・フォイ・ノイマンや、動物の神経回路の論理計算を可能にしようと試みたウォーレン・マカロックとウォルター・ピッツの研究が流れ込むことにもなった。その成果として情報伝達のような物理現象のみならず、生物および社会一般を環境の変化に対応可能なシステムとみなし、そのために必要となる「フィードバック」や「ノイズ/パターン」、「恒常性」などの重要な概念が練り上げられたのである。

これ以外にも人類学の分野からはグレゴリー・ベイトソンやマーガレット・ミードらが会議の参加者に名を連ね、それぞれの分野の展開に決定的な影響を与えることになった。また、1960年代以降にはセカンド・オーダー・サイバネティクスの名のもとに、ハインツ・フォン・フェルスターやフンベルト・マトゥラーナらを中心として、上述の議論を生命システムへと展開した「オートポイエーシス(自己創発)」概念が提唱された。これによって目指されたのは、「シミュレーション」や「複雑性」といった観点から人間や動植物の心理や生命、または組織運営や経済体系をも射程に入れたダイナミックな階層システムを考案することであった。

そしてデザインとの関連から言えば、『システムの科学』(1967年初版、1996年第3版)を発表した経済学者ハーバート・サイモンの名前を欠かすことができない。”The Sciences of the Artificial”を英語の原題とする同書は、人間の技工から生み出された人工物全般をデザインの対象とみなし、それをサイバネティクスの観点から制御可能にしようと試みたものである。具体的にはエンジニアによる製品や設計士による建築物のみならず、心理学や経済学、組織論やコンピュータ科学などの知的活動のすべてがデザインの範疇に取り込まれ、それぞれの専門教育の核心をなすものとして位置づけられた。そして、人工物のデザインとは、それらの対象を単純かつ線形的な因果関係のみに限らず、複数の変数を内包した一定の環境のうちで各種の変化に対応可能なものに変えるためのものであり、このような理解は現在までに、データやシミュレーションに依拠することが多い新実証主義や統計データ思考、認知科学へと受け継がれてもいる。サイモンの議論は、こうした包括的な視座においてサイバネティクスを引き継ぎつつ、情報工学から組織運営にいたる人工物のすべてを「デザインの科学」として体系化するものであった。

実際にドナルド・ノーマンらによる実践的なデザイン研究や、現在に興隆をみせる人工知能や行動経済学にいたるまで、主として社会科学的な立場を指向するデザインの科学は、共通して人間の行動を制御可能にするための「問題解決」と「評価測定」を軸とし、それらは商品やオブジェクトそのものよりも、私たちの行動や意思決定そのもののあり方を制御しようとする試みとなっている。こうした動向は、その起源からして当然ながら、プログラミングやGUI、インフォグラフィクスなどの情報端末を介したデザインとも結びついている。かくしてサイバネティクスの影響力は、コンピュータやインターネット、人工知能の技術とともに、現在の私たちの生活圏全体へと浸透しているといっても過言ではない。

その一方で人文思想やアート・デザインの実践のうちでは、これらのシステムの体系性や全能性に対する批判的な思考が展開されてきたことも付け加えておきたい。たとえば20世紀半ばからは、マルティン・ハイデガーやジル・ドゥルーズといった哲学者たちが、同時代のサイバネティクスの影響力について批判的な哲学思考を展開していた。アートの分野では1960年代以降のニューヨークを中心に技術との連動を目指したExperiments in Art and Technology (E.A.T.)や、ロンドンで1968年に開催された初期コンピューター・アートの展覧会『Cybernetic Serendipity』を皮切りに、主としてメディアアートのうちで、サイバネティクスの影響を取り込みつつ批判的な態度を打ち出そうとした実践は少なくない。これらの先駆的動向は、いわゆるGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)など、オンライン上に新たなプラットフォームが次々と打ち立てられている現在、そのことに警鐘を鳴らすネット・アクティビズムやスペキュラティブ・デザインなどの実践へと継承されている。

(増田展大)

参考文献

  • ノーバート・ウィーナー(2011)『サイバネティクス 動物と機械における通信と制御』池原止戈夫・彌永昌吉・室賀三郎・戸田巌訳、岩波文庫
  • ハーバート・サイモン(1999)『システムの科学(第三版)』稲葉元吉・吉原英樹訳、パーソナルメディア
  • ジル・ドゥルーズ(2007) 「追伸──管理社会について」(『記号と事件 1972-1990年の対話』宮林寛訳、河出文庫所収)