ビジョンデザイン
Vision Design

1957年、通商産業省「グッドデザイン商品選定制度」として生まれたグッドデザイン賞は、当初その対象を工業製品のみに限っていた。というのも、日本製品の高性能・高品質化と模倣性のない商品開発の振興が大きな目的であったからである。1997年に大きな変節点があった。グッドデザイン賞に「エコロジーデザイン」、「ユニバーサルデザイン」、「インタラクションデザイン」などの部門賞が設けられ、デザインの対象とされるものが大きく拡張した。

さらには2000年代に入り、「デザイン思考」がビジネスやその他の領域で活用され始めた。その影響を受け、2008年にグッドデザイン賞はその「産業的視点」を「生活者の視点」(グッドデザイン賞ウェブサイト)。へと変更した。日本を代表するグッドデザイン賞のこうした変遷から、デザインの対象が「モノ」から「コト」へと拡張した経緯を読み取ることができる。消費社会の成熟にともなって工業的生産力を主軸とした従来のモノづくりが限界を迎え、様々な産業が停滞を打破して産業領域を拡張するために、デザインの対象を拡張する必要が生じたのである。

これまで産業の基軸としての役割を果たしてきたデザインは、ここに来て、不確実な現代における社会の変化に対応する新たな方法としての役割を求められるようになったといえる。「産業へ適応してきた」デザインの「方法」を「社会の様々な問題領域に適応させようとする考え方」へと転換し、社会で活用しようというわけである。

デザインという語は、その前につく名詞と合わせて使われることが多い。建築デザイン・製品デザイン・グラフィックデザインのように、「〇〇デザイン」と言う場合、元来「〇〇」はデザインの対象であることが多い。しかし先の転換以降、「エコロジーデザイン」、「ユニバーサルデザイン」、「インタラクションデザイン」のように、「〇〇」にはデザインの対象だけでなく、その方法、概念などが複層的に位置づくようになっている。「ビジョンデザイン」もまた、デザインの方法、そのアプローチを示している。

デザインがビジョン形成に携わってきたことは特別なことではない。「デザインに罪はない」としながら、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東の手法は「独裁者のデザイン」(松田、2019)として、プロパガンダとデザイン表現手法の関係が多く示されている。

「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」というビジョンがあった。これは主に1950年代、朝鮮戦争以降のアメリカの価値観を指す言葉とされる。だがその背景には、“大きく、強く、そして明るく楽しいアメリカ”という1910年代以降のアメリカを支配してきたデザイン戦略があった。その戦略は、強靱なアメリカ、資本主義、リベラリズム、世界平和のための正義といった価値観に基づき、そうした「アメリカ」を世界に伝えるものであった。そうした「アメリカ」は「消費」を喚起するデザインを通じて敷衍されていった。便利で自動化された家電製品、均質で鮮やかなプラスティック、大きく頑丈な自動車、郊外庭付きの住宅、システム・キッチン、ディスポーザブル、冷凍食品、ファーストフードなどが次々とデザインされていく。それらはファミリー向けTVドラマを通じて、「アメリカ」というデザインされたビジョンとして、アメリカ国内だけでなく世界中に輸出されていったのである。このように、デザインという営為は、思想や主義・主張としてのビジョンを、消費可能なモノへと置き換え、社会に瀰漫させていく。それがビジョンデザインという方法なのである。

アメリカのデザイン戦略が手掛けた大量消費スタイルのプロモーションの典型が「モーターショー」である。それは当初、典型的なアメリカスタイルの演出で、商品としての自動車に人目を集めることを目的としていた。だが次第に、その演出のエキセントリックさが自己目的化され、それは一つの「ショー」に化していく。そこでゼネラルモータースをはじめとした自動車会社は、先行開発デザインとして、様々な自動車の幻影的なヴィジョンを展開したのである。これ以降、自動車の開発は、技術開発の側面だけでなく、スタイリングや消費スタイルの側面からも追求されるようになる。今もなお、連綿とこの方法は続けられている。

これは現在、アドバンスドデザインとよばれる。生産方法の検討や技術開発に先立って、商品のイメージ、すなわちビジョンに基づいて開発を進める方法がそれである。正規の開発プロジェクトになる前のプロジェクトとして、コストや技術にとらわれることのない闊達な発想から探究を進めることがその目的である。昨今の言葉でいうと「ムーンショット」に相当する。まず理想的なイメージを先行的に示し、その後に、それを実現するための方法を検討していく手法である。

「モーターショー」の目的は、ユーザーや市場・他社の反響を知ることであった。しかし昨今では、企業の社会姿勢という意味でのヴィジョンを示す場ともなっている。その目的は、新たなデザイン語彙やデザイン方法を築き上げることであり、型にはまったルーティンとしてのデザイン行為をそこへと開放することにある。

こうしたアドバンスドデザインを最初に主導したのは自動車メーカーであったが、現在では家電・光学機器・情報機器など、様々なメーカーがそれに続いている。アドバンスドデザインは大手企業のデザイン部や先行開発部等で行われることが多いが、社外のデザイン事務所にこのような提案が求められることも多い。メーカーは、顧客の現在のニーズにもとづくマーケティングの手法に頼ることが多く、「ビジョンデザイン」、「アドバンスドデザイン」、「ムーンショット」といった、現在から飛躍する発想を不得意とするからであると思われる。

「現代経営学」、「マネジメント」の発明者といわれるP.F.ドラッガーは、その著書『ネクスト・ソサエティ』の中で「ミッション・ビジョン・バリュー」について論じ、その思想は多くの書籍や経営教育プログラムに引用されている。ドラッガーによれば、企業にとって重要な課題は「存在意義や社会的正当性を示すこと」である。まず「ミッション」とは企業の「使命・目的」のことである。企業はこれを明確に示すことで、メンバーはミッションを理解し、はじめて自身の仕事に取り組めるようになるという。次に「ビジョン」とは、「ミッションを実現させた将来像」のことである。企業がミッション実現後の自らの理想的な姿を描き、メンバーとそのイメージを共有することの重要性をドラッガーは説いている。最後に「バリュー」とは、「自社の価値基準」を示す。商品を通じて企業が顧客に実現する価値とは何かを考え、それを明確にすることで、個人として行動する際の内面的な価値基準をメンバーに与えるのである。こうしたドラッガーの経営思想は、まさしくヴィジョンデザインの実例ともいえるものである。

このように、ビジョンデザインに相当するものは、これまで産業デザインや企業経営の方法としてその名を持たないままに数多く実践されてきている。だが今の時代においてそれが問題となるのは、その目的が「消費」の拡大であり、またそのための手段も「消費」に限られる場合である。

今後のさらなるビジョンデザインの構築や展開において重要なのは、モノのデザインにおいて培われた方法や知恵を社会のデザインへと市民の手によって展開していくことである。ビジョンデザインとは、組織や個人が、みずから担う社会の未来を構想することであり、構想の方法と構想を実現させる方法とを同時に考案することなのである。

(尾方義人)

関連する授業科目 

未来構想デザインコース 未来デザイン方法論

参考文献

  • 柏木博(1992)『デザインの20世紀』NHK出版
  • 亀井俊介‎ (1984)『文明としてのアメリカ(3) アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ』日本経済新聞出版
  • P・F・ドラッカー(2002)『ネクスト・ソサエティ 歴史が見たことのない未来がはじまる』上田惇生訳、ダイヤモンド社
  • 松田行正(2019)『独裁者のデザイン』平凡社