調性音楽
tonal music

今日、音楽デザインや作曲デザインという語を、領域名としてよくみかける。だが、歴史を振り返ると、音楽とデザインはそれほど結びつけられやすい関係にあったわけではない。むしろ、音楽ないし音楽作品は、芸術(アート)というカテゴリーから論じられることが主であった。それでも、音楽作品の内在的つくりや、音楽を形作るという行為、あるいは社会の中で音楽を運用していく場、といった様々なレベルで、音楽がデザインという枠組みから捉えられうる論点は数多ある。

ここでは、西欧に源流をもつ調性音楽、すなわちハ長調やイ短調といった調のある音楽(たとえばモーツァルトやザ・ビートルズの楽曲など)をみていこう。システムとしての新規性は失われて久しいものの、今なお日常的に耳に入ってくる音楽の多くが、調性音楽だからである。

長調・短調を感じさせる音楽の歴史は古く、およそルネサンス期にまで遡る。しかし、「調性」という語について本格的な議論が始まったのは19世紀である。代表的なのがフランソワ=ジョゼフ・フェティスによる議論だ。フェティスは『和声の理論と実践総論』(1844年)で、「調性とは音階の諸音が置かれる順序(配置)にある」と述べ、調性には各民族の特徴が映しだされると説いた。この見地に立てば、ある民族の音階は、それとは異なる音階に拠る民族にとって理解が難しいかもしれないが、それは両者で調性が異なるからだということになる。

ここでの調性は、西欧由来の長調・短調にとどまらず、世界の多様な音体系を含みこんでいる。こうした考え方は、20世紀の作曲家アルノルト・シェーンベルクの調性概念にも通じる。『和声論』(第3版、1922年)でシェーンベルクは、ある音の連なりから生じるものはすべて調性を形作ると主張した。したがって「無調性 atonality」という語は否定される。「音の性質 ton-al-ity」という語義からすると、いかなる音の連なりにも調性が認められるからである。

さて、19世紀後半に調性というしくみへの関心が高まると、20世紀前半には調性音楽を「構造」として把握し、楽曲を階層的な構造へと分解し、深層にある原型に基づかせる分析理論が台頭してくる。音楽理論家ハインリヒ・シェンカーは、1920~30年代にかけて、傑作とされる調性音楽は、図のような「ウアザッツ(根源的構造)」と呼ばれる原型に由来するという説を唱えた。下段(バス)は、I度(トニック)-V度(ドミナント)-I度(トニック)という「安定-緊張-安定」のプロセスを、上段(メロディ)は、ミ・レ・ドという順次下行するなめらかなメロディラインを示している。どんなに長い曲でも、このシンプルな構造に起因させることで、作品の統一性や一貫性を保証しようとしたのである。

図 ウアザッツ(根源的構造) Schenker, Heinrich. 1935. Der freie Satz. Wien, Anhang 1.

ただし、一なる原型に還元しようとする構造的思考に対しては、当時から異論も出ていた。第二次世界大戦後、シェンカーを創始者とするシェンカー分析(Schenkerian analysis)が北米で勃興する。この方法を用いるシェンカリアンたちは、早くから「構造」に代わるものとして「デザイン」や「調的デザイン」という術語を提案していた。この場合のデザインとは、作品の内的で全体的な法則というよりは、作品の表層にあって直に知覚可能なテーマ(主題)やモティーフ(動機)の連関、調の配置、セクション(形式区分)の関係といった複数のレベルにわたる概念として捉えられている。これにより、主調で示されるべきテーマが別の調で現れるといったデザインの特異性そのものを評価しやすくなる。

こうして、とくに1980年代以降、調性音楽作品を画一化するのではなく、モデルから逸脱するような作品に光をあてる動きが活発になっていく。深層よりも表層を、全体よりも細部へ、というまなざしの変化である。その文脈において積極的にとりあげられたのが、たとえばフランツ・シューベルトの楽曲だ。調的関係の規範(共通音の多い調は近親調と呼ばれ、転調しやすい)から逸脱するような調的デザインこそが、最大の特徴だからである。

さらに、長らく研究対象にはなりにくかった、芸術音楽以外のジャンルも、デザインの射程に入る。シェンカーなどの20世紀前半の音楽家にとって、一つの作品は中心となる調(主調)に支配されており、転調により生じるその他の調はあくまで一時的な現象であった。だが、たとえば近年の欧米や日本のポピュラー音楽では、そうした階層的な調関係はあまり聴かれない。むしろ、Aメロ、サビといったセクションごとに、調が個別に設計されている事例もある。楽曲内に複数の調が並列されているという事態が珍しくない今、調性を構造として理解することと、デザインとして捉え直すことの違いを改めて考えさせられる。

調やモティーフのデザインという観点では、映画やゲームなどにつけられる音楽が、恰好の対象となる。19世紀のリヒャルト・ヴァーグナーに由来するライトモティーフ技法は、特定の登場人物や場面、感情などと、音楽のモティーフを結びつける作曲法である。これは、ハリウッド映画を中心にいまや古典的な手法になっている。たとえば異空間を表現するために、ショットの切り替えにあわせて、関係の遠い遠隔調へと転調する。こうした視聴覚情報を通して、視聴者の感情に巧みに働きかけるのだ。調性音楽がアクチュアリティをもつ領域のひとつは、音楽聴取のしくみを解明し、それに則った効果的な応用法を探ることのできる、認知科学とデザイン論を接合した研究であろう。調性音楽とデザインは、今日これほど多様な通時的現象に関与するトピックである。

(西田紘子)

関連する授業科目

  • 基幹教育 芸術学入門
  • 音響設計コース 音楽理論表現演習、西洋音楽史
  • 音響設計コース・未来構想デザインコース 応用音楽表現演習I、応用音楽表現演習II
  • 音響設計コース 音楽学
  • 大学院音響設計コース 音楽社会文化特論

参考文献

  • 西田紘子・安川智子編(2019)『ハーモニー探究の歴史 思想としての和声理論』音楽之友社
  • Beach, David (1993) “Schubert’s Experiments with Sonata Form: Formal-Tonal Design versus Underlying Structure,” Music Theory Spectrum 15-1, 1-18.
  • Capuzzo, Guy (2009) “Sectional Tonality and Sectional Centricity in Rock Music,” Music Theory Spectrum 31-1, 157-174.
  • Fétis, François-Joseph (1844), Traité complet de la théorie et de la pratique de l’harmonie. 2e édition. Paris.
  • Schönberg, Arnold (1922) Harmonielehre. 3te Auflage. Leipzig und Wien.