音のデザイン
Sound Design

音もまたデザインの対象である。そして近年、その対象は拡がってきている。よい音を聴きたい、奏でたいという人間の美的な欲求を満足するために、楽器やコンサートホールの音響設計が行われてきた。これらは鑑賞することを目的とした音や場であるが、そうではない音もデザインの対象となってきている。我々が身を置く環境の音、情報の伝達を目的とするサイン音、そして、モーターやエンジンの動作音やドア開閉音などの各種の機械音も今やデザインの対象である。デザインの目的は音が適切に役割を果たすように、あるいは人間が環境の中で快適に過ごせるように、などさまざまである。このように音のデザインが意識されるようになったのは、高度経済成長後の成熟社会の中で、生活の質(QOL)、モノやサービスにおけるユーザビリティへの関心の高まりなどと関係すると考えられる。騒音に関しては、従来の量的な評価とそれに基づく対策の限界などが背景にあった。

例えば、音環境のデザインの理論的枠組みともいえるサウンドスケープの概念(後述)が提唱されたのは1960~1970年代にかけてであった。提唱者であるR・マリー・シェーファーが、騒音問題への従来の機械論的アプローチや環境の音に対する人々の態度に疑問を持ったことに端を発し、様々なプロジェクトを経て、その主著である「世界の調律」に体系化された。また、近年の電子技術の発展に伴い、情報の伝達を目的としたサイン音(報知音)が急速に普及したが、結果としてサイン音があふれて混乱を来し、メッセージを確実に伝えるために適切にデザインする必要が生じた。機械音に対する感性的な側面からの音の評価とデザインは、騒音低減対策の限界とコストの問題を背景として、Andrews ら(1979)による自動車のエンジン異音の音質研究から始まったと考えられる。このように、音のデザインはそれぞれの分野で生じた問題意識に基づき展開されてきたが、人々が暮らす社会や環境の中で音はどうあるべきかを考え、適切な音の生成、その音が機能する環境の整備、人間と音の関わりなども含め音のデザインと捉えることができる。以下では、サウンドスケープの概念に基づいた音環境のデザイン、サイン音のデザインを取り上げ、音のデザインの考え方や展開について述べる。

サウンドスケープ(Soundscape)とは、「音の風景」を意味する造語であり、個人や社会が聴き取ったすべての事象によって構成される音響的フィールドである。音の意味や場のコンテクスト、あるいは人々の生活や社会と関連付けて音を捉える。そして、この視点を以って音の削除や保存を行い、さらに適切に配置することでよりよい音環境が創造される。これは、サウンドスケープの概念に基づいた音環境のデザインといえる。具体的な実践例として、著名な音楽家が幼少時に聴いたであろう音風景の再現を試みた「瀧廉太郎記念館(大分県竹田市、1992年公開)」などがある。日本各地の音名所や「残したい音風景」の選定が環境省の事業として行われた。これらは、音への気づき、さらには環境との関わりを促し、その保全に繋げることを目指した活動である。

「音環境デザイン」は「サウンドスケープ・デザイン」と同義ではない。サウンドスケープ・デザインはより広い意味を持つ。実際の音環境の創造は一般の人々の手によるべきとの考えから、音や音環境に対する個々人の意識のあり方や感性がそのデザインに反映される。そのため、音の付加や削除、音環境の保全など、音そのものに対するアプローチはもちろんだが、人々の感性を育むための教育もデザインの行為と捉えられる(鳥越けい子、1997)。その意味で、「残したい音風景」の選定事業や、その基本となる「聴く」という行為のトレーニング(サウンド・エデュケーション)もサウンドスケープ・デザインに含まれる。

緊急時に用いられる警報音は特に慎重にデザインされるべきサイン音の一つである。火事や地震などの危険な状況を知らせるサイン音や視覚障害者を誘導するためのサイン音には、環境音によって阻害されにくく、幅広い年齢層の人々が聴取でき、さらに文化や国籍が異なる聴取者が容易に理解できるような音が望ましい。そのようなサイン音をデザインするためには人間の音の知覚認知の特性を理解する必要がある。例えば、加齢により高い周波数帯域の音に対する感度が低下することが分かっているが、多くの人が利用するサイン音は、このような知覚特性に依らず機能するようデザインされるべきである。利用される目的や場所により求められるサイン音の特徴は異なるが、人間は音の基本周波数が高いほど、また断続の速度が速いほど緊急性が高いと感じる傾向があり、このような特性も考慮される。サイン音が伝える情報は、警報や緊急性だけはない。製品のサイン音は、操作の受付や処理の終了、稼働状況など、さまざまな情報を知らせるために付加される。複数の製品から、また同一の製品からも同時に複数のサイン音が鳴る状況が想定されるため、各サイン音の意味が正しく理解されるよう、機能イメージに応じたサイン音のデザインが求められる。

以上を含めたサイン音デザインの指針がガイドラインや国際標準として整理されている。例えば、緊急避難信号の音響特性や運用方法、試験方法などを標準化した国際規格ISO 8201:2017や、報知の目的に応じて家電製品向けサイン音の音響特性の推奨値を示した「家電製品における操作性向上のための報知音に関するガイドライン」、高齢者や視覚障害者に配慮した製品に付加されるサイン音の設計指針を示したJIS S 0013:2011などがある。

人々の意識や社会の変化により顕在化した問題への一つのアプローチとして音があり、目的や状況に沿う最適な音を生み出すための過程が音のデザインといえる。「最適」が指すものは用いられる目的や状況によって異なるが、以上に述べた音の機能性に加え、ユーザーの感性に働きかけるような、より高次のデザインが求められる場合もある。感性は文化や国籍、個人によっても異なるが、多くの人の感性に訴えかける音は確かにあり、その評価の構造から、価値をもたらす音のデザインに何が必要なのか分析を試みている。

(高田正幸,山内勝也)

関連する授業科目 

音響設計コース 聴能形成II

音響設計コース 騒音環境学

音響設計コース大学院  音響環境評価特論

参考文献

  • 環境省、残したい日本の音風景100選
  • 財団法人家電製品協会(2001)『家電製品における操作性向上のための報知音に関するガイドライン』
  • 鳥越けい子(1997)『サウンドスケープ その思想と実践』 鹿島出版会
  • R.マリー・シェーファー(2006)『世界の調律』鳥越けい子他訳、平凡社
  • JIS S 0013:2011 (2011)「高齢者・障害者配慮設計指針-消費生活製品の報知音」
  • ISO 8201:2017 (2017), Alarm systems — Audible emergency evacuation signal — Requirements.
  • S, A Andrews, D, Anderton, J, M Baker (1979), “The analysis and mechanism of engine crank rumble,” Proc. of Institution of Mechanical Engineers, 99-109.
  • M, Takada, H, Mori, S, Sakamoto, S, Iwamiya (2019), “Structural analysis of the value evaluation of vehicle door-closing sounds” , Applied Acoustics, 156, 306-318.