製品意味論
Product Semantics

多くの場合、デザインされたものはそれを取り巻く人間に対してそれ自身の意味を指し示す。このかぎり、デザイン対象は一つの記号となる。デザインの最終目的とは、モノを構成することではなく、それを通じて、意味を構成することであるという考え方を、デザインにおける「意味論」という。

クリッペンドルフは1984年に書かれた有名な論文「製品意味論-形態の意味的性質の探求」において、製品を構成する要素の意味は、その要素の物理的・形態的特徴によってまずもって実現されるが、それは製品を利用するユーザーとの関係、その関係が位置づく技術的・心理的・社会的なコンテクストによって規定されると主張した。たとえばボタンはその形状によって「私を押して Push me 」という意味を利用者に発するが、それがエレベータの壁に設置されていることによって、それは同時にその階にエレベータが停止することを意味する。ボタンという「記号 Sign 」とその「意味するところのもの Referant 」は、それが位置するコンテクストにもとづいて、そのボタンを押すであろう利用者の「思考 Thought 」によって媒介されるのである。

そしてその利用者は、一つの社会に属し、一定の慣習を身にまとっているかぎりで、一定の文化的コミュニティに所属している。だとすれば、デザイナーは製品の意味を利用者に対して一方的に規定することができない。デザイナーは、エンジニアや営業担当者と並んで、コミュニティに属する利用者が製品に意味を与え、それを適切に解釈できるようにさまざまなな要素を配置し、その結果を見て製品やコンテクストを再調整する一介のコミュニケーターでしかない(下図参照)。

人工物のデザインとその利用における製品意味論 Krippendorff(1984), p. 6.

クリッペンドルフ(2006)を読むと、製品意味論は、1960年代後半以降にドイツにおいて盛んとなった管理社会批判を背景としているように思われる。その批判によれば、機能主義は工業化や資本主義と結びつき、エリートとしてのデザイナーが生産と消費、ひいては社会全体をトータルに管理するという。機能主義においては製品の構成要素はそれ自身意味を持たず、生命体に対してその器官や細胞が完全に従属するように、部分は全体を離れて存立できない。人間もまた、その従属システムの一要素として、全体の歯車になってしまうのである。

たとえば人間の身体やコンピューターは、それが順調に機能している限りでは、その構成要素を気にかける必要がない。ところが、その機能に障害が出た場合、製品を構成している諸要素が意味を持たなければ、利用者はそれらとコミュニケーションをとって、それらを修理したり、組み替えたりすることができない。機能主義は製品の内部構成をブラックボックス化して、その設計とメンテナンスを専門知識を持ったデザイナーに一任するが、意味論においては、デザイナーだけなく利用者やそれ以外の関係者も製品の内部構成を理解し、そこに立ち入ることができる。そして社会の構成員も、それ自身の意味を持ち、一定の独立性を保持することで、他の構成要素たちとコミュニケーションをとり、いわば自由にデザインのテクストを紡いでいくことができるはずなのである。この点で、製品意味論は、デザインの人間中心主義を実現する思想であると主張される。

エレクトロニクスやコンピュータ技術の進展に伴い、デザインの対象領域は実体物の造形から機械と人間とのインターフェイスへと拡張した。こうした状況において製品意味論は、1980年代以降、ソシュールの言語学、エーコ、バルト、モリス、パースらの記号論を背景としつつ、デザイン方法論の最も重要な理論の一つへと成長した。製品意味論は、利用者の解釈能力やコンテクストの次元をデザインのうちに導入することで、記号とその意味との一対一の関係をデザイナーが事前に保証するというデカルト主義的・新実証主義的な立場を退けた。だが同時にそれは、利用者からのフィードバックに基づき、記号とその利用との適切な関係を実現し、利用者の意味解釈の失敗や混乱を回避することを最終的に目指すかぎりでは、依然としてデザイナーの意味付与の枠内に利用者の行動を包摂しようとするものであるといえる。

(古賀徹)

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デザインリテラシー科目 デザイン論1

参考文献

  • Krippendorff, K. and R. Butter (1984) “Product Semantics: Exploring the Symbolic Qualities of Form.” Innovation 3(2), 4-9, Spring. (http://repository.upenn.edu/asc_papers/40)
  • Krippendorff, Klaus (2006) The Semantic Turn: A New Foundation For Design, Taylor & Francis, New York. (クラウス・クリッペンドルフ(2009)『意味論的転回 デザインの新しい基礎理論』小林昭世ほか訳、エス・アイビー・アクセス)