主観評価法
Subjective Evaluation Methods

良いデザインのためには、デザインで解くべき問題を知り、その問題に対する解を知り、さらにその解が妥当であったかどうかを知って次のデザインに活かすことが必要となる。この3者は、いずれも利用者・ユーザーの心理や生理と関係するものであるが、問題に対する解を知るためには、主観的な評価を知る必要がある。主観的な評価は言葉(数値を含む)によって回答されることになるが、これらを再現性のある形で把握することが容易ではないため、どのような分析を行うかを含めてさまざまな工夫が行われてきた。

たとえばある空間で窓の大きさや形が変化すれば、その空間がどのくらいの広さをひとに感じさせるかも同時に変化すると思われる。この感じ方には、ある程度、人々に共通した傾向があるだろう。また、ある空間の壁面の色彩により、その空間の印象がどのように変化するかについても、同様の共通した傾向があるだろう。一方、どの色をより好むかについては、個人ごとに傾向の違いがあるだろう。このような主観的な評価を把握し、デザインに応用可能な知見として蓄積するためにはただ印象を語るだけでなく、心理量として把握可能な手法が必要とされる。

主観評価法の歴史は19世紀にまで遡る。心理量の把握方法の初期のものは、ドイツのG.T.Fechnerが提唱した。彼は、刺激と感覚の関係を求める学問である精神物理学の創始者とみなされるが、刺激閾、弁別閾、主観的等価値などの精神物理量の測定法として、極限法、恒常法、調整法などを提唱した。これらの測定法に基づいて、感覚尺度を構成するのが、精神物理学的尺度構成法である。光量と明るさの感覚、音圧と音の大きさの感覚など、感覚の強さと刺激の強さに関する感覚尺度がひととおり構成され、ウェーバー・フェヒナーの法則として知られるようになると、主観評価はより主観的とも言える認知的な内容を含む高次の評価、すなわち評価者個人の価値観に基づく対象評価も目指すようになった。このため精神物理学的な測定法は、主観評価法というよりもむしろ心理学的な実験方法として扱われるようになっていった。

現在もさまざまな評価に応用されている主観評価法の代表的なものとして、20世紀のアメリカで活躍したS.S.Stevensが考案したME法(マグニチュード推定法 Magnitude Estimation)が挙げられる。直接比率尺度構成法であるME法により、感覚の大きさは刺激の大きさのべき乗に比例するというスティーブンスの法則が導かれた。

もうひとつの代表的な主観評価法はSD法(意味微分法 Semantic Differential Technique )である。これは、概念(形容語)の意味(位置付け)という主観的なものを客観的に測定する方法として心理学者C.E.Osgoodが考案したものである。明るい・暗い、かたい・やわらかいなど、反対の意味を持つ多数の形容詞対を用いて、対象を概ね5〜7段階で評価させ、その結果を因子分析することにより、人間がものごとを形容する潜在的な意味概念は、評価性 (evaluation)、力量性 (potency)、活動性(activity)の3つを軸とすることを彼は示した。

現在、「主観評価 (subjective evaluation)」とは評価者個人の主観により対象の印象や好みなどを評価することであり、印象評価、主観的評価と呼ばれることもある。これに対して「主観評価法」とは、主観評価プロセスのうち、評価者が評価を回答するための方法を指し、対象の提示法は含めないことが多い。主観評価において用いられる言葉や概念は、「主観評価尺度 (subjective evaluation scale)」と呼ばれ、これは、主観評価法において、段階的、もしくは無段階で、評価用紙への記入や口頭といった形式を通じて回答される。

主観評価法による回答は、多くの場合数量化されて分析される。ME法の場合には被験者自身が標準刺激と比較刺激の感覚量の比率を判断し、標準刺激に指定された数値を基に、直接数値として回答が行われる。具体的には、ある部屋の容積感を評価してもらう場合、まず標準となる部屋でその部屋の大きさの感じを標準として100と覚えてもらい、評価対象となる部屋の大きさが2倍であると判断した場合には200と回答するように指示しておく。続いて幅・奥行き・天井高の異なる評価対象となる部屋に移動してもらい、そこで大きさの感じが1.5倍と感じれば150、半分と感じれば50というように数値で回答してもらう。空間の大きさなど、量的な評価については定量的な分析も行いやすいためこの回答形式はよく用いられるが、好みなど、量的な評価になじまない場合はこの回答形式を適用することは難しい。

量的な評価でなくても、主観的な印象の強さなど、心理学的連続体、すなわち連続的な数値として主観評価を表現することができる場合には、印象測定の結果に基づいて、心理的なものさし上で印象の評価位置を把握することが可能である。この方法を心理学的尺度構成法と呼ぶ。そのために用いられる印象測定の手順として一対比較法、順位法、評定尺度法などがある。

ME法は量的な尺度を評価する際に適した方法である。このため、さまざまな形態の空間における容積感の評価、採光・照明デザインにおける明るさの評価、各種の音の大きさの評価などによく用いられている。やや高次な判断を含むものとしては「開放感 (spaciousness)」の評価がある。窓を持つ空間における広さの感じ=開放感が、人々に共通する尺度として成立するかどうかが模型実験と実空間実験により検証され、ME法によって評価が可能であることが確認されている。この評価実験を基にして、窓から見える空の輝度・室内照度・室容積・窓の大きさ(立体角投射率)という4つの物理量による予測式と許容範囲が示され、実際の設計に役立てられている。

SD法による調査用紙

SD法では、対になる言葉(両極尺度)の段階評価が行われる。評価段階を等間隔とみなすことによって各段階に数値を与えて分析が行われる。段階数が7つ程度までであれば回答も容易であり、量的ではない印象についても比較的安定した回答が容易に得られる。SD法の利点としては、使用した尺度を集約してデザインのコンセプトが整理できること、また、その尺度を使用して評価対象の位置付けも同時に行えることがある。

たとえば前述のような開放感のME法評価実験の際に、同時にSD法により、好き・嫌い、落ち着く・落ち着かないといった空間の雰囲気に関する多数の尺度により評価を行うことで、開放感と同時に空間の雰囲気がどのように変化するかを把握することができる。とくに1980年代以降、建築空間や都市景観など、構成要素が多く、パラメーターを絞り込んでの評価が難しい場合にSD法が多用されるようになった。

デザイン分野にこれらの主観評価法が応用されたのは、心理学系と建築系の研究者の交流がきっかけになったと考えられる。またSD法がさまざまな対象に応用され普及した背景には、1970年代からの電子計算機の発達・普及があり、多数の尺度・対象を扱う因子分析が容易になりつつあったことも大きい。SD法の手順のうち、両極尺度で段階評価を行う部分がおもにデザイン評価に応用されており、多数の評価事例が蓄積された今日では、使用される尺度数は当初ほど多くはなく、必ずしも因子分析を伴わない場合も多い。

またSD法は元来、多くの人に共通する意味概念を把握するために考案された手法であるため、評価における個人差を扱う必要がある場合には不適である。また、評価枠の設定にあたって、実験実施者が恣意的に尺度や対象を選ぶことについて批判がある。これらの批判はとくに日本において1980年代後半よりなされるようになった。それ以後は、さまざまな対象について個人個人がどのような尺度で評価判断を行なっているかという認知構造そのものについての検討が始まり、主としてケリーのパーソナルコンストラクト理論を基に、評価目的に合わせて各種の評価手法が考案されている。

デザインのための心理評価にあたっては、評価の目的に合わせて、評価を行う主体、評価対象、主観評価法をどのように組み合わせるかが重要であり、これまでに確立されてきた主観評価法が目的と評価対象に応じて少しずつ修正されながら使われる時代になっていると考えられる。 

(大井尚行)

関連する授業科目

環境設計コース 環境情報論I・II

環境設計コース 環境心理学特論

参考文献

  • 岩下豊彦(1983)『SD法によるイメージの測定』川島書店
  • 日本建築学会編(2011)『住まいとまちをつくるための調査のデザイン』オーム社
  • 日本建築学会編(2013)『建築環境心理生理用語集』彰国社
  • Osgood, C E , Suci, G , & Tannenbaum, P (1957) The Measurement of Meaning. Urbana, IL: University of Illinois Press.