建築プログラミング
Architectural Programming

デザイン活動の起点はどこにあるだろうか。現代では、建築物や設備などの施設(Facility)のデザインを他者に依頼する人(依頼者)と、その依頼をデザインの専門家として請け負う人(設計者)が分化したことによって、設計者はデザイン活動の起点や設計を始める前の前提条件などのことを意識せざるを得なくなっている。

ある設計者が自分一人で住む住宅を自ら設計し工事を行う場合は、依頼者と設計者が同一であることから、デザインの起点やその前提条件などをあまり気にせず自由にデザイン活動を実践できるように思われる。しかしその場合でも、現代の生活に必要な電気・ガス・水道などの設備をその住宅に導入しようとした途端、その設計者は、依頼者の立場に立つことになり、電気・ガス・水道などの専門業者に対して自己の意図やニーズを専門業者に正確に伝え、設備の設計と工事を依頼することになる。その際、専門業者には、設計者の立場として、依頼者の意図やニーズを正確に理解し、その意向に基づいて設計と工事を行う必要が生じる。ただ多くの戸建て住宅の場合、依頼者は施設に関わる全ての業務を住宅専門会社などに依頼するだろう。

その専門会社の設計者にとっては、依頼者から設計に関する正式な依頼があった時点がデザイン活動の起点となるといえる。またその起点において、依頼者の目的やニーズ、課題などを正確に理解して文書化する作業が必ず発生し、依頼主との間で合意が得られるまで修正作業を繰り返すことになる。その合意された文書のことを日本では設計与件というが、米国ではプログラム(Program)といい、そのプロセスのことをプログラミング(Programing)という。このプログラムという用語は、建築分野では、新しい司法裁判所を建設するための建築コンペがロンドンで開催された1865年ごろに最初に使われたといわれている(Sanoff, 1977)。

施設のデザインプロジェクトは、プログラム(Program Development)、初期設計(Preliminary Design Phase)、製作(Production Phase)、建設(Construction Phase)、および完成後の評価(Evaluation Phase)といった一連のフェーズで構成され、この流れはデザインプロセス(Design Process)とも呼ばれている(Sanoff, 1977, 184)。

このプログラムフェーズにおいて、依頼者と設計者との関係に着目し、それぞれが抱えるさまざまな問題解決の枠組み(Framework)を「プロブレム・シーキング」として初めて提唱したのが、 CRS(Caudill Rowlett Scott)建築事務所の共同経営者であるウイリアム・ペーニャ(Pena, William M. 44)と同僚のジョン・フォッケ(Focke, John W.)である。ペーニャらは、テキサスA&M大学時代の恩師でCRSの創設者でもあるウィリアム・ウェイン・コーディル(William Wayne Caudill)の師事を受けながら、CRSでの約20年間のデザイン実践経験を通じて、プロブレム・シーキングの理論的根拠(Rationale)、原則(Principles)、および方法(Methods)などを体系化し、『プロブレム・シーキング』と題した書籍を1969年に出版した。

ペーニャらはこの書籍の中で、プロブレム・シーキングという手法を用いたデザイン活動のプロセスを、「設計前の建築プログラミング」と位置付けた。プロブレム・シーキングとは、設計前のプログラムフェーズにおいて、依頼者の意思決定と設計者の設計与件の一致を目的とした共通のフレームワークのことを意味する。このフレームワークのうちで、依頼者はプロジェクトに求める漠然とした目標や成果物、前提条件、制約条件などを要求仕様として定義し、設計者はそれらを自らの設計与件として設定するのである。

設計者はプロブレム・シーキングのプロセスにおいて、依頼者とのコミュニケーションを通じて、5つのステップ(ゴールの確立、事実の収集と分析、コンセプトの発見と検証、ニーズの決定、課題の提示)ごとに、機能、形態、経済、時間について情報を収集・分析し考察し、その考察結果を設計与件として文書化する。またプロブレム・シーキングでは、設計する施設に関わるユーザーもプロジェクトの重要な参加メンバーであることから、プロジェクトに関わる多様な人々の目的やニーズ、価値観、行動なども計画施設の代替案を創出するための重要な設計与件となる。加えてこの文書は、施設が完成した後に、その施設によって影響を受ける人々が当該施設に対する評価を行うための基準を提供することになる。

依頼者が、デザインプロジェクトの成果物についての目的やニーズ、制約条件などに関する要求事項を形式化した時点がデザイン活動の起点であり、設計者は、依頼者やプロジェクトの関係者などとのコミュニケーションを通じてそれらの内容を正確に理解しよう努め、その間さまざまな手法を用いて情報を分析し、それらを設計与件として文書化し、依頼者と設計者との間で合意形成に至る。このプロセスを、日本のワークプレイスデザイン分野ではプログラミングという。そして、その成果物は「設計与件書」である。

この「設計与件書」について、依頼者と設計者の双方が合意しなければ、次の初期設計フェーズに移行することはできない。しかし、時間的都合や予算的問題、コミュニケーション上の衝突など、何らかの要因で「設計与件書」が中途半端な状態で合意され、次の初期設計フェーズに移行することがある。その場合、次の製作フェーズや建設フェーズで問題が生じ、設計変更を余儀なくされる。このことをペーニャらも、CRSでの約20年間のデザイン実践を通じて身をもって体験し、その苦労を少しでも低減するためにプロブレム・シーキングという手法を考案し提示したと思われる。

現代において、情報量は人間の処理能力を超えるほど指数関数的に増加し、技術も高度化、人の価値観も多様化している。またデザインプロジェクトも複数の専門家で構成された学際的、国際的な様相を呈している。こうした状況において、設計者がプログラミングにおいて扱う情報量や多様性、不確実性などが以前に比べ増大している。経験の少ない設計者にとって、依頼者やプロジェクト関係者の目的やニーズ、制約条件などを正確に理解することは困難になっている。そのため、ICT技術などを駆使した膨大な量の情報を収集・分析する手法や、設計与件を文書化する手法、合意形成に至るまでのコミュニケーション手法など、プログラミングに関わるさまざまな手法が今後ますます重要になる。

(都甲康至) 

関連する授業科目

インダストリアルデザインコース  サービスデザイン概論

インダストリアルデザインコース  サービスデザイン実践論

ストラテジックデザインコース  デザインプロジェクトマネジメント

参考文献

  • Faatz, S.(2009) “Architectural Programming: Providing Essential Knowledge of Project Participants Needs in the Pre-Design Phase, ” Technology and Management in Construction: An international journal, pp. 80-85.
  • Henry, Sanoff (1997) Methods of Architectural Programming, Dowden, Hutchinson & Ross, 1st Edition.
  • William, M. Pena, John, W. Focke (1969) Problem Seeking: New Directions in Architectural Programming, Caudill Rowlett Scott (CRS), 1st Edition.