公共性とデザイン
publicness and design 

「目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する」この一連のプロセスがデザインである。多くの場合、デザインの受益者は「ヒト」であり、デザイナーは「ヒト」を中心にデザインしていると言っても過言ではない。そして、ものづくりにおいては、大量生産を可能とした産業革命が契機となり、個人の注文によって行われるデザインから、注文がくる前に潜在的ニーズを予測して大量の同一商品を提供するデザインへと変化したことで、デザインを職業とするデザイナーが台頭してくる。経済や物流のグローバル化が進展する現代においては、特定の製品が対象とするユーザーには、一国の人口をも超える「ヒト」が含まれることもある(iPhone等)。一方、公共空間、公共交通、公共建築といった対象物は、誰もが利用できるという性質をもつ「公共性」が求められるため、「ヒト」を属性ごとに分けて考えることを難しくし、デザインへの取り組み方や評価は難しくなる。

例えば、一方では、一般消費財のデザインにおける上流工程においては、ユーザー設定や嗜好把握が必要となる。他方、公共性を帯びるデザインの上流工程では、「ヒト」の集合としての「社会」の特徴把握が必要である。これは、ミクロに対してマクロな視点が必要であるということを指している。

公共性に関する議論は古代から始まり、現代においても政治哲学、公共経済学、公共政策といった分野で行われており、私たちの社会生活に関係する重要なテーマとなっている。『人間の条件』(アーレント、1958年)や『公共性の構造転換』(ハーバーマス、1962年)は、現代の公共性を考える上での重要な視点を提供する代表的な著作だが、『公共性』(斉藤、2000年)はこれまでの公共に係る言説にもとづき、公共性の意味を①国家に関係する公的な(official)、②すべての人びとに関係する共通の(common)、③誰に対しても開かれている(open)、の3つに大別している。これは、「公共性」という捉えにくいテーマを考える上で、重要な足場となる。また、2022年度以降には高校の必修科目として「公共」が新設され、「公共的な空間を作る私たち」「公共的な空間における人間としての在り方生き方」「公共的な空間における基本的原理」の理解を求めている。また、自立した主体としてよりよい社会の形成に参画することが促されるなど、「公共」に対する知識・理論の修得だけではなく社会における実践、つまり、デザインプロセスへの参加が求められている。

従来、公共性を考慮すべきコトやモノ(公共財・公共物)のデザインが必要とされた場合、特例を除き、(時間的・経済的な制約から)関連事業者や有識者、職業的デザイナーが中心となってデザインを行い決定してきた。もちろん、潜在的ニーズを探るというデザイナーの専門性や、出来るだけ多くの人が利用できるようにすることを目的としたユニバーサルデザインの考え方、デザインプロセスの上流工程から当事者を巻き込むインクルーシブデザインの手法は、公共性の実現を後押ししている。

一方、『公共性』(斉藤、2000年)で示された「②すべての人びとに関係する共通のもの(common)」に関連して、集合的な意思決定が避けられない場合、当面の合意を形成することが課題となると述べられている。その場合、その多面的な当事者(人や社会)をどのように特定するかが重要な問題となるが、デザインプロセスへの参加を意義あるものとするためには、当事者代表の選出方法、公共性への理解、私情・私利に左右されない合意形成の在り方も重要である。また、デザインにおいては検討段階に応じた試作が重要であるが、複雑な社会課題の解決策を導くためには、閉ざされた環境における試作や実験ではその実用性を測ることが難しい。そのため、近年では、社会実験・実証実験の取り組みが、行政や民間企業により行われるようになっている。この開かれた試作・実験においても、公共性の側面から評価する仕組みが必要である。

これまでのデザイン実践例から、使ってもなくならない・文化を醸成する、という意味での「持続性」、地域生活の中に自然に溶け込んでいる・地域に貢献している、という意味での「地域との親和性」が公共性を考慮する上で重要な位置を占めていることがわかっている。しかし、「地域との親和性」は、グローバルな公共性に対するローカルという意味で、「私性」を含んでいると言える。「地域との親和性」がローカルな私性を内包するにも関わらず公共的であると言えるのは、それが、文化を醸成するといった「持続性」をもつ限りである。一例を挙げると、地域のための公共交通がある。産業が失われた過疎地域において、海外のような遠方からの来訪者を想定した公共性を帯びた交通機関を設定してしまうと、それは地域の人にとっては、維持費用が過大な割には不便なものになりかねない。この場合、当事者をより身近な範囲に限定し、「地域との親和性」に留意することが、「持続性」、ひいては「公共性」を担保することにつながる。

公共性を帯びるデザインに取り組む上で、「誰もが利用できる」グローバルで普遍的なデザインあるにも関わらず、「誰も利用しない」という結果が生じるような「公共性」を回避するには、多面的な当事者(人や社会)を適切に特定し、デザインプロセスへの参加を促すことが大切である。また、デザインプロセスやデザイン成果物を「公共性」の観点から評価することが必要である。そして、現代のデザイナーには、様々な距離や方位からヒトや社会を見て思考するといった、「公共性」を意識する態度が求められる。

(迫坪知広) 

関連する授業科目 

インダストリアルデザインコース プロダクトデザイン概論

参考文献

  • 齋藤純一(2000)『公共性(シリーズ思考のフロンティア)』岩波書店
  • 東京都高等学校公民科「倫理」「現代社会」研究会編著(2018)『新科目「公共」 「公共の扉」をひらく 授業事例集』清水書院
  • 文部科学省(2018)『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 公民編 平成30年7月』文部科学省ホームページ
  • Hannah, Arendt (1958), The Human Condition, Charles R. Walgreen Foundation Lectures, Phoenix books, University of Chicago Press. (ハンナ・アーレント(1973=1994)『人間の条件』志水速雄訳、中央公論社/ちくま学芸文庫)
  • Jürgen, Habermas(1990=1962), Strukturwandel der Öffentlichkeit : Untersuchungen zu einer kategorie der bürgerlichen Gesellschaft, Suhrkamp. (ユルゲン・ハーバーマス(1994=1973)『公共性の構造転換 市民社会の一カテゴリーについての探究』細谷貞雄、山田正行訳、未來社)