社会包摂デザイン
Design for Diversity and Inclusion

社会包摂デザインとは、包摂型社会の実現に貢献するもの・こと・サービス・社会制度などのデザインのことで、とりわけ、人どうしの関係性が多様で包摂的なものへと変化する「しくみ」のデザインを指す。社会包摂(英語では social inclusion、もしくは diversity and inclusion)は世界で広く使われている言葉だが、社会包摂デザインは、九州大学大学院芸術工学研究院附属社会包摂デザイン・イニシアティブ開設の際に概念化されたもので、確立された定義というより、作業定義をもつ言葉として存在する。「多様性」と「包摂性」という一見矛盾した概念をデザインにおいてどう両立するか、また、人の意識や関係性に作用をするデザインはどのように可能なのかなどが課題となっている。

1970年代、「社会包摂」に先行して、障害のある人たちが、他の人たちといっしょに(障害の有無で区別することなく)社会生活を送れるようになることを目指す「ノーマライゼーション」という考え方が広まった。しかし、その概念を用いて実施される支援の中には、マイノリティの生活のありようや多様な文化を否定し、ノーマルに当てはめようとするものが見受けられた。例えば、B .ニィリエによって「ノーマライゼーションの原理」として示されているものの中には、障害者が時間の「ノーマルな」リズムやその文化における「ノーマルな」性的関係等に沿って生きられるように支援をするといったものが含まれていた。

そこで登場したのが「社会包摂」という概念である。社会包摂というのは、社会的に傷つきやすい立場に置かれている人たちを排除するのではなく、包摂する社会を築いていこうとする考え方である。1990年代にヨーロッパで、「社会的排除」(social exclusion)の対になる概念として生まれた。障害(多数者との違い)のある人を一般(ノーマル)の基準にあてはめるのではなく、違いのある人たちを、違いを尊重したまま受け入れる社会を目指す考え方である。その後、対象は障害のある人だけでなく、貧困を抱える人、移民、高齢者、LGBTs、病気を抱える人、災害被災者など、社会的に排除され孤立傾向にあるさまざまな人たちへと広まった(国によって対象の捉え方が少しずつ異なる)。日本では、2000年に厚生労働省で「社会的包摂」という言葉が取り上げられ、一般に広まった(厚労省の文書では「社会」と「包摂」の間に「的」を入れている)。文化庁では、2011年の〈文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次)〉ではじめて言及され、対策が講じられるようになった。その背景には、欧米をはじめ、日本においても、これまで排除されていたマイノリティの人たちが、表現活動を通してエンパワメントされた(自信を獲得し、能力を発揮できるようになった)事例や、多様な人たちがともに表現活動を行うことで、相互の関係が深まる事例が数多く報告されるようになったことがある。

このように芸術文化分野で広まった「社会包摂」のアプローチを、「しくみ」のデザインという観点から捉え直し、発展させていこうというのが「社会包摂デザイン」である。社会包摂デザインを体現している例として、九州大学大学院芸術工学研究院附属社会包摂デザイン・イニシアティブにおいて進行中の2つプロジェクトを挙げる。

1つは、「多様な色覚特性を持つ人に伝えるためのデザイン」である。従来、色覚異常と呼ばれていた色覚特性を持つ人たちに対するデザインでは、「正常な色覚」を前提にして、補正するアプローチが取られていた。これは多様な人が利用できる色の環境整備ではある。しかし、デザインプロセスにおいて、色覚の基準を「正常な色覚」に当てはめるあり方を温存し続け、「ノーマル」に添わせ続けることになる。このプロジェクトは、色覚特性の多様性を基点としたデザインのあり方の提案、デザインプロセスの再考をするものである。

もう1つは、「共創的アート活動を通じた認知症ケアのコミュニケーションデザイン」である。従来の医療や介護の現場では、「ノーマル」な時間感覚を重視して、この障害を是正して生活の質を「ノーマル」に近づけようと治療や支援を行なうことがみられた。このプロジェクトでは、生活の質(QOL)を高めるため、認知機能の低下に着目せず、認知症になっていよいよ豊かになるその人が固有に持つ情動を、ストレングスとして重視する。具体的には、アーティストや「支援する人」を含めた様々な人と共に「正しいことが決まっていない」音楽や演劇などの創造的表現活動を行う。この共同表現は、「支援される人」と「支援する人」との固定的かつ、認知症者をディスエンパワメントする「日常の生活・コミュニケーションのメカニズム」を変容させる取り組みである。

社会包摂デザインと類似する先行概念として、ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザインなどがあるが、それぞれアプローチが異なっている。社会包摂デザインは、「関係の再構築」や「価値の変容」をもたらすデザインのあり方を模索し、人どうしの関係性が多様で包摂的なものへと変化する「しくみ」をデザインすることに力点が置かれる。ここで言う「しくみ」のデザインは、主に次の3つのことを意味している。①複数のもの/ことなどを組み合わせる「しくみ」(=システム)のデザイン、②新たなデザインを生み出すための「しくみ」(=プロセス)のデザイン、③課題の背後にある「しくみ」(=メカニズム)を変容させるデザインである。

現在、社会包摂デザイン・イニシアティブでは、これらの「しくみ」を実際にデザインしながら、「しくみ」デザインに関する知見の体系化を行っている。

(中村美亜、古賀琢磨)

関連する授業科⽬

高年次基幹教育 「社会包摂とデザインA・B」

参考文献