当事者意識
Tojisha Consciousness

人の自己意識の起源は、乳児期に始まる。レディ(Reddy, 2003)は、乳児は他者が注意を向ける存在だと感じ、またその注意の対象は自分であることに気付いているとし、この気付きが、自己と他者を自分の心に表象することにつながる、と論じている。乳児は、他者に注目されたときの喜びや苦痛を感じたり、注意を向けるために自分から発声したりするなどの感覚を通じ、徐々に他者と共同注意が出来る様になる。つまり、乳児は他者を通じて自分の存在を知る様になる(Tomasello, 1999)。

人には、自分自身の心の存在を感知する能力がある。しかしながら、他者の心も当然存在すると理解はしてはいるものの、他者の心の状態や心がある世界を、正確に捉えることは困難であり、推測でしか捉えることができない。

人を対象としたデザインにおいては、様々なターゲットの心の状態を想像する力が求められる。しかしながら、上述の様に、他者の心は自分以上に非常に曖昧で、明確に理解することは難しい。

当事者の声は、デザインに従事するものにとって他者の心の状態や世界を理解する糸口となる。ここでの当事者とは、起きている問題を直に受け、影響を受けている個人のことを指す。デザインでは、平均的で大多数の消費者をターゲットと捉えることが多かったが、1980年代に提唱されたユニバーサルデザイン、近年のインクルーシブデザインの潮流から、消費者の中でも平均的なゾーンに該当しない、マイノリティの声を捉えることで、予期しなかった潜在的なニーズの発見につながることが期待されている。

当事者の声には、例えば、次の様なものがある。動物学者であり自閉スペクトラム症を有する、テンプル・グランディン氏は、著書の中で、背景と文字のコントラストが強い文章は、文字が揺れて見えるため、色付きのフィルターをかけて文字を読む、文字を印刷する紙をトーンの淡い色にするなどの対策をとっていると述べている。アスペルガー症候群の当事者である綾屋氏は、幼少期から声を出して話すことに困難さがあったことを述べ、その原因に、自分が話した声の聞き取りにくさを挙げている。また、発声の際の自身の状況について、「思考と運動が直列になり、聴覚フィードバックが難しく、思考も発声運動の調整も意識的に“手動”で行っている」と、心の状態を語っている。

この様なそれぞれがもつ心の世界は、他者からは到底推測が及ばないことである。

当事者意識とは、他者に起こっている問題を自分のことと捉えて取り組む姿勢やその自覚を示す。様々な当事者の声を他者の心の状況と捉えるのではなく、自分ごととして捉え、問題解決に取り組むのである。この当事者意識は、デザインに従事する者において不可欠であるが、身に付けるには時間を要する。それは、前述の通り、他者の心の状態や心がある世界は、推測でしか捉えることができないからである。

だからこそ、デザインに従事するものは、当事者の声を聞くことが重要である。自己意識のように、人は自分以外の他者を通じて自己を理解していく。当事者を知ることは、自分自身について知ることにもつながる。異なる知覚・思考や行動への不寛容さ、病気や障害に対するスティグマなど、たくさんの障壁に囲まれた社会に私たちは生きていることを、自覚するのである。そして、自分の中に潜在的なバイアスがあったことにも気づかされる。それらを自覚した上で、初めて人に寄り添ったデザインをスタートすることができる。(工藤真生)

参考文献

  • 綾屋紗月、熊谷晋一郎(2010)『つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく』NHK出版
  • テンプル・グランディン、リチャード・パネク(2014)『自閉症の脳を読み解く どの様に考え、感じているのか』NHK出版
  • Reddy, V. (2003) “On being the object of attention: Imprecations for self-other consciousness,” Trend in Cognitive Sciences, 7, 397-402.
  • Tomasello, M. (1999) The Cultural Origins of Human Cognition, Cambridge, MA: Harvard University Press(マイケル・トマセロ(2006)『心とことばの起源を探る―文化と認知』大堀壽夫・中澤恒子・西村義樹・本多啓訳、勁草書房)