ポイエーシス

制作とは、特定の実用目的を実現するために何かを作り上げるという手段としての機械的なあり方にとどまらず、制作者や使用者の心身の発達過程に深くかかわる有機的なものでもある。人々は、制作に携わることで、自らの心身の潜在能力を同時に引き出し、同時にそうした成長過程が社会関係を内発的に発展させていく。こうした有機的な制作論は古代ギリシャのアリストテレスのポイエーシス論に起源をもつ。その後、ルネサンスやそれ以後の時代のディゼーニョ論、近代デザインの源流に位置するウィリアム・モリス、ひいてはバウハウスのアルベルスやモホリ=ナジなどのデザイン思想へとその系譜は引き継がれた。また近年ではゲーテの発生概念に基づき独自のデザイン思想を展開する向井周太郎による退行-生成論、フレイリングとその後続者たちによるリサーチ・スルー・デザインをめぐる議論へと繋がっている。 

アリストテレスは『自然学』において、個物の運動には二つの種類があることを論じた。一つは個物の外部に運動の原因があり、個物はそれに強いられて運動・変化するという機械論的な「技術 technē 」の原理である。そしてもう一つは、個物の内部に運動の原因があり、潜在するその原因が発現するしかたで当の個物がいわば自律的・自発的に運動変化するという有機論的な「自然 physis 」の原理である。

同時にアリストテレスは『詩学』において、主体を消失させて有機的な自然の原理と一体となるあり方を「ミメーシス mimēsis 」と呼び、そうしたミメーシス状態において自然のうちに潜在する可能性を現実化していくあり方を「制作の技術 technē poietikē 」と定義している。したがってポイエーシス(制作)とは、制作対象を外部から加工する「技術」でありながら、その加工が、その対象個物の潜在的な可能性を開花させつつ、それにかかわる自己自身の可能性をも同時に開花させるよう、対象へと同化しつつその対象の「自然」な発展のしかたに即して実現されるもの、ということになる。このような制作の技術は、18世紀のドイツの哲学者であるカントの『判断力批判』(1790)において自然美を模倣する「美の技術 schöne Kunst 」として定式化され、とりわけ19世紀のロマン主義とそれ以後の時代に、ゲーテ、シュレーゲル、シェリング、ヘーゲルといった思想家たちによって、芸術、とりわけその精髄であると当時考えられた「詩 Poesie 」を特徴付ける制作の論理として称揚されることとなった。

19世紀の後半になると、イギリスのウイリアム・モリスが、手を用いて制作に携わる民衆が相互に影響し合い、互いに内発的な発展を手助けする社会形成の動的論理として「デザイン designing 」を定義するに至る。モリスに端を発するアート・アンド・クラフト運動は、フランスではアール・ヌーボ、ドイツではユーゲントシュティル、オーストリアではゼセッションと呼ばれるデザイン潮流を生みだしたが、それらはいずれも、17世紀の科学革命や19世紀の産業革命以降、猛威を振るうようになった機械的な構築論理に対抗して、生命的な制作・形成の原理を示している。1920年代のバウハウスでは、こうしたポイエーシスの概念に代表される有機論と、規格化と科学化、産業主義に代表される機械論の二つの潮流が相互に抗争・補完することになり、その相克を通じて近代デザインの独自の展開が見られ、その相克はその後継のウルム造形大学にも引き継がれることになる。 

ポイエーシスの概念は、そのギリシャ的起源においてすでに、自分の意思を離れ、対象とひたすらに同化してともに躍動するミメーシスの概念と深い関係のうちにあった。ここから、人間の意志や計画ではなく、素材や自然と生命体の関係こそが制作や運動の主体であるとする自己組織化の思想が生まれる。チリの生物学者であるマトゥラーナとヴァレラは、ある行為の継続を通じて自律的に秩序が生成されるプロセスを「オートポイエーシス」と呼び、外部からの出力も入力もなく自己言及的に作動する独自のシステム論を提唱した。

デザインとは特定の意思を素材のうちに自我が作り込むものではなく、素材と生命体の自律的な相互作用のうちからいわばひとりでに、かつ無意識のうちに生成するのであり、その結果としての痕跡がデザインとして残される。こうした自律的制作のうちから生成するのは制作物(プロダクト)だけでなく、人間を含む生命体であり、またその関係性であり、それが根付く制度や風土であり、またその生成を可能にしている知でもある。デザインはそのとき人間の意図に従属するものではもはやなく、人間を既存の意図から解放し、内側からその意図を変化させ成長させる営為ということになる。(古賀徹)

関連する授業科目

未来構想デザインコース デザインの哲学

参考文献

  • アリストテレス/ホラティウス(1997)『アリストテレース詩学/ホラーティウス詩論』松本仁助訳、岩波文庫
  • 向井周太郎(2009)『デザイン学 思索のコンステレーション』武蔵野美術大学出版局