クリティカル/スペキュラティブ・デザイン
critical/speculative design

デザインは、既存の社会体制を維持するたんなる道具となっているのではないか。こうした批判的意識は、19世紀の工業化以来「産業の手先」として機能してきたデザイナーの職業自体への反省を生みだし、たんなる機能性の観点を超えて、その象徴的・社会的意味とともにデザインをとらえる潮流(ポストモダン・デザイン、製品意味論など)や、デザインの社会的意味それ自体を再考させようとする一連のデザイン運動の背景となった。そうした潮流のうち代表的なものとしては、インゴ・マウラーや》des-in《らによる一連の「批評的デザイン」、消費社会が称揚する「エレガント」な美意識に対抗するイタリアの「ラディカルデザイン」、シュトルムらに代表される「反デザイン」の潮流が知られる。それらのクリティカルなデザイン運動の伝統は、具体物の制作を通じて既存の生活様式や社会全体の価値観を問い直すという点で、現代アートとの境界へと接近するものといえる。

一方、1960年代末から1970年代におけるベトナム反戦運動を背景として、支配的な価値観を批判するだけではなく、それに代替する生き方を具体的に提案するコミューン運動がとりわけアメリカ合衆国を中心として興隆した。そうしたカウンター・カルチャー運動が問題視したのは、産業によって供給される商品を単に購入する存在へと人々が還元され、人々が自分自身の生活圏を自ら構築していく力を失い、高度な産業社会のただなかで人々がかえって無力化していく「制度化 institutionalizing」の事態であった。それに対抗するものとして、工作力と組織力を市民が自らの手で取り戻すDIY(Do-it-yourself)運動が台頭していく。

スチュアート・ブランドによる『ホール・アース・カタログ』は、代替的な生活スタイルを自ら構築するための様々なツールを紹介することを目的として1968年に創刊された。だがその雑誌は同時に、読者による反応を全面的に取り入れ、読者自身による紙面の構成を可能にする一種のフィードバック装置となることを意図し、出版というメディアを通じた独自のコミュニティを形成することを目指した。またヴィクター・パパネックは1971年に『Design the Real World/ Human Ecology and Social World』 (邦訳『生き延びるためのデザイン』(阿部公正訳、晶文社、1974年)を出版し、大量生産・大量廃棄を支える工業デザインを人間に対する「ジェノサイド」と鋭く批判した。彼によれば、デザインは環境問題や障害の解消といった人類の生存に関わる課題に全地球的観点から取り組むべきなのである。

デザインにおけるこうした代替的価値意識は、合衆国の風土に根づくプラグマティズム、ミニマリズム、リバタリアニズムの伝統と融合し、当時最新であったコンピュータ技術のうちにフロンティアを見出すことになる。従来産業や国家の独占物であった電子計算機(メインフレーム)を個人の側に奪還する「パーソナル・コンピュータ」の技術運動がそれである。国家や大産業においては、組織原理はツリーであり、その指示が上意下達である。それゆえその道具なる大型計算機もまた、バッチ処理という中央集権的な処理形態をとる。これに対抗して、PCは各個人のリアルタイムな意思に即応することによって個人の創造性にこそ奉仕する。各PCは、巨大なピラミッドの代わりにネットワーク(ウェブ)を形成し、その指示は上意下達ではなく、サイバネティクスにもとづくフィードバックを特徴とする。このように、相互のフィードバック・ループに基づく平等な社会原理を実現するオープンな道具群として、情報技術はグローバルなデモクラシーを支えると主張される。

こうしたオルタナティブ思想にもとづいて、たとえばメインフレーム・コンピュータに対抗して生まれたマイクロソフトや、アメリカ西海岸を中心とした多様なヴェンチャー、アップル、グーグル、フェイスブックといった新興企業群が生まれた。こうした企業や利用者の活動は、すべての人々が平等かつ自由に創造力を発揮し繋がりあうグローバルなインターネットワールドという、いわゆるカリフォルニアン・イデオロギーを1990年代から今日に至るまで形成することになる。

他方、1990年代においては、ロンドン王立美術大学(RCA)を舞台として、アンソニー・ダンやフィオナ・レイビーが、スペキュラティブ・デザインを提唱した。スペキュラティブ(思索的)という概念は、経験の実証を超えた推論を理性が織りなす局面を指す言葉としてカントによって用いられたが、ダンらによるとスペキュラティブとは、「ありそうな・あるべき未来」を、現実による実証を超えるかたちで自由かつ批評的に構想するものと定義される。こうしたクリティカル、もしくはスペキュラティブなデザインは、現代アートとの境界を侵食しながら、かならずしも対象物を生みだすとは限らない多様な批評活動、創作活動として、デザインの領域を拡大し続けているといえる。

(古賀徹)

参考文献

  • Thomas Hauffe (1995), Design Schnellkurs, Dumont.
  • アンソニー・ダン、フィオナ・レイビー(2015)『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ』久保田晃弘監修、千葉敏生訳、ビー・エヌ・エヌ新社
  • 池田純一(2011)『ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力』講談社現代新書
  • 『スペクテイター パソコンとヒッピー』vol.48(2021)、幻冬舎